人魚のいた朝に

「三カ月って、その前の子ともそうだったよな!?」

「そう言われても、向こうが別れたいって言うから仕方ないよ」

お節介な太一に、これまで何度か女の子を紹介されている。
その中で、いいなと思って付き合った子は三人いたけれど、結局長続きすることなく終わった。

「だったらまた合コンだな!」

「いや、もうそういうのはいいよ」

「は?」

「自分がそういう付き合いに向いていないって自覚もあるし、結婚願望もないから」

「いやいや、だけどな?お前ほどの顔も頭も性格も、さらに収入もええ男が勿体ないだろ?世間がほっとかんぞ!?」

こういう話になると面倒くさい太一を置いて、部屋の隅にある机へと移動する。
沢山の本に、資料の入ったファイルやノート。ありとあらゆる物で溢れ返る机の引き出しを開けて中を探る。

「昼間青一の恋人は、なんたら細胞か」

「そうかもね」

「・・・」

急に沈黙になった太一を振り返ると、何か言いたそうに僕を見ていた。
こういう時の太一が思っていることは、たいてい決まっている。
引き出しから取り出したノートを手に、つまみが広がったテーブルの前に戻った。

「今日、久しぶりに思い出したんだ」

「え?」

「・・・あの町のこと」

「そうなんか?」

「うん。人魚のいる町だって」

床の上に座り込み、手にしたノートを捲る僕を、太一が不思議そうに見る。

「何、それ?」

「・・・初空のノート」

その名前を口にしたのはいつぶりだろう。
パラパラと中を見ながら、途中のページで手を止めた。

「なんでお前が持っとるん?」

「・・・気づいたら、僕の鞄に入ってた。それで返そうと思って会いに行ったけど、フラれてタイミングを逃した」

それはもう、五年も前の記憶。
彼女と京都の街を歩いたあの日、ノートは僕の鞄に隠されていた。
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