運転手はボクだ
・巡る
「旦那様~?…湯上りの浴衣、こちらに置きます」

脱衣所まで入って声をかけた。

「ん、有り難う。…あー、丁度良かった。背中を流してくれないか」

…。

「…嫌、でございます」

「フ、嫌か」

「はい、嫌、です」

「では…」

「嫌です」

「まだ何も言ってないが」

「どうせ、背中が嫌なら…前、でもいいんだとか。挙げ句、一緒に入れ、などと言うおつもりでしょ?」

「フ。ハハハッ。参ったな。そこまで言うなら、思ってもいなかったが、一緒に入ろうじゃないか。どうだ?」

…どうだ?入る訳ないでしょ。

「入りません」

「フ。では…」

「致しません」

かくなる上は、拭いてくれ、とでも言うつもりかしらね。

「そんな、無下にしても良いのか?」

「はい?」

「今日、美味いと評判の水羊羹をもらった。既に冷やしてある。よく冷えて、きっと食べ頃だと思うんだが。…どうだ?水、羊、羹」

…あ、ツルッとヒヤッと甘く…。冷たいお茶をゴクゴクっと。…はぁ。

「それは…食べたいです…」

「だろ。だから話はきちんと聞くものだ。…上がるぞ」

「は、はい」

え、もう?慌てて廊下に出た。
ザバッと上がる音。カラカラと浴室の戸を開く音がした。

「ん?逃げ足の早い奴目…。だが、まだそこに居るだろ」

「…い、居ます」

引き戸を背に立っていた。…危ない、危うく、拭いてくれとか本気で言われるところだった。

「フ、お茶を…入れておいてくれないか…出たら…食べよう」

「はい」

どうやら拭いてるみたいね。


「千歳は…」

「もう、休みました」

「ふぅ…、そうか…。鮫島は…」

「ご飯をいただいています」

「そうか。ふぅ…今日は…急な会合で…、遅くまで待たせてしまった。すまなかったな、恵未ちゃんも」

「仕事ですから」

わ、そろそろ出てくる気配。話し相手をしてる場合じゃない、先に戻っておかなくちゃ。
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