運転手はボクだ
先祖から受け継いで来たという鮫島さんの家が、老朽化に伴い、残念ながら取り壊す事になった。以前からあちこち傷んではいたらしかった。

出来れば修繕して住みたいという希望だったのだけど、使われていた材木も、直すとなるとあまりに趣が変わってしまう事、期間が長引いてしまう事、色々考慮した結果、修繕することを鮫島さんは諦めた。

家を壊してしまう事。その家には思い出がある。ご両親、妹さん、お祖父さんお祖母さんと暮らして来た思い出…。沢山あるだろう。勿論、千歳君との事も。ベタだけど、柱に身長を記した跡があったかもしれない。何だか解り辛い…芸術的な落書きも…。
思い出を振り返るときりが無いだろう。
無くなってしまうのは、どんなにか寂しい事だろうと思った。
取り壊した後は暫くは更地にして、駐車場にでもしておくらしい。

それで…だ。それを知った社長の大代さんが、うちに住めばいい、と、なったのだ。

部屋は沢山あるし、うちも日本家屋だから住み方も変わらずに済む。仕事上も、無駄な時間も減る。その方が何かと便利だろうと。
…そして、私。

何故、私まで居るかと言えば、鮫島一家も居る、うちには今、お手伝いさんが居ない。丁度最近、引退したばかりだ。どうだ?私の身の回りの世話をして住み込まないか、と、まるで、私に利があるかのような事を…鮫島さんを通して伝えてきたのだ。…丁度って。物は言いよう、本当だろうか…。

長野から帰って以来、それが久しぶりの鮫島さんからの連絡だった。
もう、会う事はないかも知れないと、思っていた。

簡単な仕事だ。難しく考えなくていい、家事全般、と、私の世話だ。それには当然、鮫島の世話も含まれる。息子の世話もだ、と。
勿論、鮫島さんは、自分達の世話は関係ないからねと言った。

それで私は、結局、考える間も与えられず、半ば、いえ、100パーセント強引に、お手伝いさんとして住み込む事になった。
大代家の…一つ屋根の下に、鮫島さんと千歳君と、大代さん、そして、私が生活することになった。
同じ家に居るからといっても、仕事が終われば鮫島さんは完全なプライベート、という事で、社長は制限なく関わるということはなかった。
…私に限っては、微妙にそうともならず、仕事が終わったであろう後の時間に、さっきのように、甘い物を食べるお誘いがあったりする訳だ。…ま、あ、和菓子好きというのは最初に話してしまっていた為バレている。故に断るのも難しい。
お茶の相手くらい、いいだろうって事だ。
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