悪しき令嬢の名を冠する者
「フィン」

「どうされました?」

「なんでもないわ。コッチを見ないのが面白くないと思っただけよ」

「……熱でも?」

「主に対して酷い言い様ね」

「主だからですよ。レイニー様の身を案じて……」

「もう黙ってくださる?」

 彼の唇に自らの唇を近付ける。目を閉じるどころか瞠目するフィンを至近距離で嗤い。頬に口付けた。

「礼よ。さっきは助かったわ」

「……アンタは……!」

 想いを乗せた呟きが宙を舞う。私は見えない言葉を目で追いかけながら、赤らんでいるだろう頬に気付かないフリをした。

 紅潮しているのは私か彼か。はたまた、どちらもか。少なくとも私の視界に在る彼の耳は、熟れた林檎のように色付いていた。
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