悪しき令嬢の名を冠する者
 思い出すだけで頭や胸に熱が巡った。発熱したかのように呆けた心持になる時、自身が恋をしているのだと自覚する。

 想いを伝えたところで彼女が離れていくだけだと分かっているから悔しいのだ。

 もっと美しい顔をしていても。今より更に剣の腕を上げても。きっと彼には敵わない。適うわけがないのだ。

 彼女が好きなのは彼の容をした人形ではない。〝フィン〟という一人の男なのだから。

 せめて。せめて共に在った時間が同じなら。そう逡巡して口内の頬肉を噛み締めた。そんなことではない。きっとそんなことではないのだ。

 時間とか。容姿とか。中身とか。彼女が求めているのは恐らくそんなものではない。彼女が落ちてしまったのはきっと偶然。彼女がそうだった時、たまたま彼が居ただけ。

 けれど、その〝偶然〟が彼を選んだからこそ、彼女は想いを傾けた。

 こんな時なのに。こんな大事な時期なのに。国よりも彼女を想ってしまう。憂いてしまう。こんな俺では傍らに立つことすら赦されない。例え一時だとしても。
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