悪しき令嬢の名を冠する者
「テーブルマナーはね。気持ちなのよ。おもてなしの〝気持ち〟。
 確かに面倒くさいわ。スプーンなんてどれを使ってもいいじゃない、って思うし、肉の切り方で嘲笑するなんてくだらないわよね。
 でも、ここで生きていきたいなら必要なことなの。だから自分で楽しみを見つけるのよ。
 〝パーフェクトに出来たら好きなお菓子を用意してもらおう〟
 〝このステップが上手くいったら褒めて貰えるかもしれない〟
 〝この作法を覚えたら好いた殿方が此方を見てくださるかもしれない〟
 ねぇ、そう考えただけで毎日わくわくしない? 嫌な習い事も、煩い夫人も些細なことに思えてこないかしら?
 素敵なレディになるのってね、実はとっても楽しいことなのよ」

 一気に捲し立ててくる彼女を呆然と眺める。満面の笑みを浮かべる美少女は、その姿さえ嫋やかで魅力的だった。

 そこで、はじめて思ったのだ。こんなに綺麗な人になりたい、と。なるのは無理かもしれない。それでも近付きたかった。

「ねぇ、貴女なま……」

「エレアノーラ様!」

 私の言葉を男性が遮る。見上げた先には立派に着飾った紳士がおり、思わず目を逸らした。

 彼女はといえば、淑女さながらにゆったりと男の方へ向き直っている。
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