オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき


「変わった……んでしょうか、私」

私のなかのなにかが変わったんだろうか。

そういう意味で、独り言のようにこぼすと、工藤さんはそんな私をじっと見たあとでひとつ息をつく。

「まぁ、変わっても当然だし、変われたならいい傾向じゃない? 一度振られている相手にずっと想いを寄せているなんてあまりに不毛だし」

「……そうですよね」

私が薬を持って部屋を訪ねた翌日の午後。
加賀谷さんはマスク姿で出勤した。

ダルさは残っているものの、熱は下がり食欲も戻ってきたからと笑う姿を見て、ホッとすると同時にわずかな気まずさを覚えた。

せっかく加賀谷さんが向けてくれた真面目な言葉に、私はなにも答えることができなかったから。

でも、そんな私を知ってか、加賀谷さんはいつも通りの笑顔で『篠原、薬頼んで悪かったな。助かった』と話しかけてくれた。

それから六日が経つけれど、私がした告白同様、加賀谷さんの言葉もまるでなかったように時間は進んでいる。

たぶん、私から持ち出さない限り、加賀谷さんはもうあの話題を出さないつもりだろう。

それを分かっていても、あの事を話題にあげられなかった私は……私の気持ちは――。

「篠原の心の変化には、松浦さんが関係してるの?」

急に出てきた名前に驚いて「え?」と肩を揺らすと、工藤さんは横目で私の表情をうかがいながら聞く。

「最近、松浦さんと仲がいいらしいから。一緒に歩いているところを見たとか、飲食店からふたりで出てきたとか。少し噂になってる」

飲食店に寄るときは、会社から少し離れたお店にすることが多かった。
けれど、松浦さんは平気な顔して会社前で待ち伏せしていたし、私も慣れてしまってからは並んで歩くことを嫌がらなかったから、噂されても当然だった。


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