愛のない、上級医との結婚
「……一回だけだったな、話したのは」
「はい。心電図、教えて貰いました」
ふっと視線を緩めて、高野は私を見下ろす。
対等だった視線が、上から話すそれになるのを私は見逃さなかった。
「あれから読めるようになったのか?」
口調もそれらしいーー上級医のものに変化して、少しだけ嬉しくなる。
覚えてくれていたのだ。
「えっと、やっぱり、苦手ですけど。昔よりはマシかと」
ふへへ、と少しだけ得意げに笑うと、高野はムッとした表情になる。
「そんなんで良いと思ってるのか」
「え」
「せっかく君に指導したんだ、それ相応になってくれていないと困る」
「……え?」
「カテが始まるまであと10分あるな、今から医局に行って適当に心電図見繕ってくる。そこで所見を言ってみろ」
「え、あの、先生……!?」
「僕が下に指導するのなんて珍しいんだぞ。その経過がどうなってるか知りたいのなんて当たり前だろうが、とりあえずあのときは頻発するPVC(心室期外収縮)とVF(心室細動)の違いだったか。今から心電図探すのは時間がかかるがーー」
え、そこまで覚えてるの怖いんですけど。
私だって忙しいのに、しかもそこから指導始まるのとかほんと無理ーー!
「だ、大丈夫ですから!もうしっかり分かりますし、いや、わかんない時もあるけど、とにかく詳しくは今じゃなくても大丈夫なんでゆっくりカテーテル室向かって下さい!私の学力の経過なんか結婚してからいくらでも聞いてくださいっ」
「む、それもそうか……」
「そうですよっ、それではまた!」
失礼します、とそそくさとカンファ室を後にして、私は深い溜め息をついた。
……いや、悪い先生じゃないんだと思う。
見た目は好みだし、優秀だから憧れてるし、何より真面目で浮気とかしなそうだしーー。
でも、と思って青筋を立てた。
「……けっこう面倒臭い男……?」
そもそもあんな優良物件でなぜ彼女のひとりも居なかったんだ。
いや、私が知らないだけなのか。
嫌な予感に首を横に振って、私はぐっと前を向いた。
でも、あの人が私の旦那さんになるんだ。
そう考えるとポッと心の中に灯る熱が、私の彼への気持ちを表してるみたいだった。