隠れクール上司~その素顔は君には見せはしない~1

きっと気持ちを分かってくれると信じてた。


 むしろ、遠ざかる一方だ。

 11月。12月の作りかけのシフトをちらっと見たが、何故か似たような日に連休を申請している人が数人おり、その中にもちろん関もいたので、聞きやすい主婦に事情を聞いてみると、私立中学の推薦入試の日らしかった。しかも、関が休みを取った日は、中央区から随分遠い南区と北区の試験日らしい。

 勝手に理解が出来る。

 その日の試験会場が遠く、入試に付きそうから休みを取ったに違いない。

 何度も何度も考えたが、どんな事情で、子供と住むようなことになるのか全く想像すらつかなかった。

 自分のアパートをカムフラージュで置いているということは、親戚を預かっているという状況ではないのだろう。

 誰にも知られたくない状況で、子供の面倒を見ている……。

 航平の言い方では、おそらく、自分の子ではない。

 もしかして、既婚者と付き合った時の連れ子とか…それなら2年前までは相手が家庭で育てていたということになり、これから自分が育てていくということになる……。なら別にカムフラージュもあり得るような……実は本社に勤めてる主婦の連れ子だったりして……。

 叔母というのは、その子供の叔母だから、関よりは年上のはずだ。入院しているという面から考えてだいぶ上なのかもしれない。

 そんな曖昧な到底事実とは無縁ともいえる想像は関を見る度に、永遠に頭の中で何度も何度も繰り返されていく。



 12月。

 おそらく予定通り中学入試が終わり、年末が近づき、クリスマスも例年通り仕事として終えた26日朝。

「あれ?」

 美生はてっきり関がいるとばかり思っていた店長室に、航平の後姿があることに驚いた。

「おは……あれ? 湊……部長ですか?」

 後ろから来た男性も、同じことを言っている。

 美生はとりあえず黙った。

「おぅ、おはよう」

 航平は2人に言う。

「あれ? 関店長は…」

「関店長は身内の方のお葬式でしばらく休みになるよ」

 ちら、と航平がこちらを見た。

 完全に固まってしまう。

「しばらくってどのくらいですか?」

の男性の問いに、

「さあ……近い身内だから、1週間くらいはひょっとしたら来ないかも」

「ええ!? 店長って結婚されてましたっけ?」

 勝手に奥さんが亡くなったと決めつけたようだが、さすがに1週間だとそう思うかもしれない。

「いや、結婚はしてないけど、身内の人。
 とりあえず今日は僕がいるけど、明日明後日は本社から応援が来るよ」

「あー……店長に先確認しとけば良かったなー」

 男性は予定が狂ったと頭を掻く。

「僕でよければ相談に乗るよ」

 航平は言いながらも、画面を見ている。

 こちらを見ようともしない。

「………。すみません、テレビの発注ミスのことなんですが……」

 男性は小声で話し始める。

 事が分かった美生は、さっと外へ出た。

 多分、叔母が亡くなったんだ……入院してるとか言ってたから。

 それで、色々片付けとかするんだ。

 それなら1週間はかかるかもしれない。

 ということは、これから子供と2人で生きていく……。

 中学受験をした子供と。私立の受験をするくらいだから、賢い子なんだろうし、その距離からして寮で暮らすんだろうし……ひょっとしたら、入り込む余地があるかもしれない。

 子供も結構大丈夫かもしれない。

 寮じゃなくても、いきなり3人での生活なんて、あり得るかもしれない!

 ほんの一瞬で、仮説が一気に加速してしまう。

 美生は、男性が店長室から微妙な顔で出て来るのを見ながら、それでも頭の中の仮設を崩すことは少しもできなかった。



 昼間のうちに、「今日夜ラーメン食べに行こう。23時まで待ってるから」と、航平にメールを入れた。どこで何の業務をしているのか全く見えない航平はすぐに既読をつけると、「明日早いし、今度にしよう」と返ってくる。

 「それでもいいから」と送ったが、その日、最後まで既読がつくことはなかった。

 絶対に無視してるんだと悟ったが、そのまま計画を実行に移すことにする。

 年末で忙しく、帰るタイミングを逃して定時より2時間近く残業して21時に上がる。

 寒いと分かってはいたが一度風呂に入って22時半頃店に戻ると、航平が駐車場に停めているレクサスの隣に車を駐車させる。

 多分23時頃に出てくるはずだから、ここで待っていればつかまえられる。

 しかし、23時半を過ぎても、まだ店の明かりが消えず、明日早いと言われたことが頭を過って仕方なかったが、5分くらい話すなら大丈夫だろうとそのまま車をアイドリングしながら毛布を被って待ち続け、24時5分。

 ようやくこちらに向かって歩いてくる航平を見つけた。

 八雲部門長も残っていたようだが、車は反対方向に停めているので、こちらには来ない。

 街灯の灯りで少しだけ顔が見えるが、航平はこちらの車が停まっていることに驚いた様子で、ドアの方に近づいてきてくれた。

「何? 待ってたの?」

「明日早いの知ってる。だけど、どうしても話だけしたくて…」

 美生は車の外に出た。

 髪の毛は充分乾かしたが、外の風が随分頭皮に差し込んでくる。

「……疲れてるんだけど」

 相当疲れたているのか、聞いたことのないような、ぶっきらぼうな言い方に、固まってしまう。

「……乗ったら?」

 それでも、レクサスに乗るようとりあえず促してくれたので、美生は、怒られる覚悟を決めて乗り込んだ。

「あの…」

 とりあえず、叔母が死んだかどうかだけは聞いておきたい。

「関のことに関してなら言えないよ。個人情報だから」

 航平は既にダッシュボードから取り出している煙草に火をつけていた。サイドウィンドウは5センチだけ開けている。

 レクサスは命一杯暖気を急いでいるが、まだ温まらない。

「その……」

 既に、聞くことはない。

「言ったろ。ヤツは根が深いんだって。迷惑がられるよ」

「…………」

 いや、別に、何をしようとしたわけじゃ……。

「僕も迷惑。明日朝早いってわざわざメール返したよね」

 そうだ。今日は一日忙しかった。それでもメールはすぐに返してくれた。

「ごめん」

 そのままドアを開けた。

「すぐ家に帰りな。僕はこれ吸ってから帰るから」

「………」

 美生は車から降りると、自分の車に乗り込み、涙で視界がぼやけるのをそのままにエンジンをかけた。

 レクサスはまだ動かない。

 ゆっくり発進して、駐車場から出ていく。

 私も明日早出だ。

 帰ってすぐに寝ないといけない。

 だけども、今は航平に冷たくされたことが一番悲しかった。

 関について聞くことがそれほど悪いことではないはずだ。

 一日店長代理というのは、本当にしんどいのかもしれない。

 だけれども、私の気持ちを少しは分かってほしかった。

 航平なら、きっと気持ちを分かってくれると信じてた。
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