初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 アレクサンドラが帰ってくるのを待っていたジャスティーヌは、アレクサンドラとライラを乗せた馬車が視界に入るや否や、レディらしくない猛ダッシュで階段を駆け下りた。
 あの晩以来、既に十通もロベルト殿下からご機嫌伺いの手紙が届いていたが、返事を待とうとする使者は具合が悪いと言って追い返し、一枚も返事の手紙を出していないジャスティーヌに、両親は何事かと焦っているようだったが、ジャスティーヌは何を聞かれてもだんまりでやり過ごした。
「おかえりなさい、アレク。良かったら、庭を散歩しない?」
 突然のジャスティーヌの言葉に、屋敷の中に入りかけていたアレクサンドラは足を止めるとジャスティーヌが外に出てくるのを待ちながら、外出用のボンネットを外してライラに手渡した。
「ライラ、二人で大丈夫よ。庭からは出ないから」
 ジャスティーヌは言うと、ライラを屋敷の中へと追いやった。
 最近、頓に二人きりになりたがるジャスティーヌに、アレクサンドラは嫁ぐ前の寂しさからくる一種の依存症みたいなものなのかなと考えるようになっていた。
 特に何を話すわけでもなく、二人で慣れ親しんだ庭を歩いた。
「今日も、教会に行っていたんでしょう」
 メイドを共有する関係で、ライラを伴って教会に出かけるアレクサンドラの予定はジャスティーヌに筒抜けになるし、別に隠さなくてはならないような予定もないアレクサンドラは『そうだよ』と答えた。
「ねえ、新しくいらした神父様はどんな方?」
 思ってもみなかった質問に、アレクサンドラは告解室に入る直前にチラリと会うだけの神父の顔を思い出そうと首をひねった。
「うーん、かなり若くて、スマートな方かな」
 バーソロミュー神父は伯爵よりも年上ということもあり、二人にはどちらかと言うと親を通り越し、おじいさんという印象を与えていたが、フェルナンド神父は例えるなら、兄と言うような年代だった。
「たぶん、お兄さんみたいな感じって言うのがぴったりかな」
 アレクサンドラの言葉からは、それ以上の感情を感じることはできず、ジャスティーヌは教会通いの理由が新しい神父にあるわけでないことを再確認した。
「でも、ほとんど毎日でしょう?」
「あっ、もし、ジャスティーヌの出かける邪魔になっているなら、僕は・・・・・・、私は毎日じゃなくても大丈夫だから、ジャスティーヌの予定を優先してくれていいよ」
 今は、ジャスティーヌと二人だけの時だけ少し顔を出すだけの男言葉も、アレクサンドラは極力、直すようにしていた。
「ねえ、アレク。大切な話があるの」
 ジャスティーヌは言うと、噴水の傍のベンチに腰を下ろした。
 屋敷からは十分な距離を取ってあるし、噴水の水の音で二人の会話は誰にも聞かれることはない。
「どうしたの?」
 アレクサンドラは心配そうに言うと、ジャスティーヌの隣に腰を下ろした。
「この間の舞踏会の晩、アントニウス様が訪ねてきたんでしょう?
 いきなりの問いに、アレクサンドラは言い訳も思いつかず沈黙した。
「ロベルト殿下に頼んで、私たちを舞踏会に引き留めて、その間にアントニウス様が忍んであなたに会いに来たんでしょう?」
 ジャスティーヌの推理は正しいが、それを大人しく認めるわけにいかないアレクサンドラは、何のことと言わんばかりに首を傾げて見せた。
「なんでそんなことを言うの? これでも、私は一応、まだロベルト殿下の見合い相手だよ。そんな、夜に忍んでとか、お父様の許可を取らずに会いに来るとか、許されないでしょう」
 アレクサンドラがごまかすと、今度はしばらくジャスティーヌが沈黙した。
「ジャスティーヌ?」
「アントニウス様に、秘密を知られてるんでしょう?」
 ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラは心臓を掴まれたような衝撃を受けた。
 あれほど誰にも言わないと約束したのに、きっと、面白半分でロベルト殿下に話し、それをロベルト殿下がジャスティーヌに尋ねたから、だから最近、ジャスティーヌは落ち込んでいて、ロベルト殿下からの手紙にも返事を書かなかったのだと、アレクサンドラは瞬時に理解した。
 アレクサンドラは答える代わりに身を翻すと屋敷の方へ駆け戻った。

 階段を最速で上ると、驚くライラの前で来ているドレスを脱ぎ、引きちぎるようにコルセットを外した。
 その様子は、まるで錯乱しているか、正気でないようにライラには見えた。
 しかし、もう着ないものと片付けてあったアレクシスの服を取り出すと、アレクサンドラは手慣れた手つきで男物の服に袖を通した。
「アレクサンドラ様?」
 驚いて止めようとするライラを追い払い、アレクサンドラは一番良いベストに袖を通し、舞踏会用の銀糸の刺しゅう入りのコートを手に部屋を後にした。
 それから、使用人用の裏口から出ると、馬蹄に馬の準備をさせた。
 アレクサンドラが馬に乗るのは、あの落馬の一件以来初めての事だった。それでも、アレクサンドラは構わずスピードを出した。
 レディの姿では馬に乗って一人で出かけることが出来ないから、これ以外には道はないとばかりに馬に鞭を当て猛スピードで走り続けた。
 約束も取り付けず、公爵家の屋敷に乗り込むのは非常識極まりないことだったが、向こうが約束を破った以上、アレクサンドラは礼儀などわきまえるつもりはなかった。
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