初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
「ご開門願おう。私は、アーチボルト伯爵家ゆかりのもの。名をアレクシスと申します」
 門番は、アーチボルト伯爵家の名を聞くや、すぐに門を開き、アレクサンドラを通してくれた。
 屋敷の正面玄関にアレクサンドラが辿り着くと、中からアントニウスの執事であるミケーレが出迎えに姿を現した。
「私はアーチボルト伯爵家ゆかりの者、ご主人にお目通り願いたい」
 アレクサンドラは馬から降りると、手綱を片手に面会を申し入れた。
「どうぞ、こちらへ」
 裏から走り出てきた馬蹄に馬を預けると、アレクサンドラはミケーレの後について屋敷の中に入った。
 今まで、舞踏会等で色々な公爵家の屋敷を訪ねたことはあったが、ザッカローネ公爵家の屋敷はイルデランザ公国風の飾りの者が多く、いつもの見慣れた調度品とは少し味が違った。
「どうぞ、こちらでお待ちくださいませ。ただ今、主を呼んでまいります」
 サロンに案内されたアレクサンドラは、言われるままにサロンのソファーに腰を下ろした。
 本来なら、門前払いされても文句は言えない立場なのに、丁寧にサロンにまで案内され、逆に申し訳ない気持ちにはなったが、アレクサンドラの怒りは静まることはなかった。
 やがて、駆け足で階段を下りてくる気配がし、サロンの扉を開けてアントニウスが姿を現した。
「アレクシス、これはいったい・・・・・・」
 アントニウスの言葉は、アレクサンドラの渾身のパンチで掻き消された。
 二発目のパンチを構えたアレクサンドラの腕は、アントニウスによって軽々と掴まれてしまった。
「あなたと言う人は突然何を・・・・・・」
 掴み合うアレクシスとアントニウスの姿に、お茶を運んできたメイドが悲鳴を上げた。
 本当なら、このまま抱きしめてしまいたいアントニウスだが、アレクシス姿のアレクサンドラを抱きしめるとなると、例え使用人と言えども、誰かに見られれば変な噂となる可能性もある。
「お茶はいいから、下がりなさい」
 既に茶器のセットも床に落としてクラッシュ音まで響かせたメイドに言うと、メイドは逃げるようにして部屋から出て行った。
「この嘘つき!」
 アレクサンドラの口をついて出た言葉に、アントニウスの腕に力がこもり、アレクサンドラはその場でねじ伏せられそうになり片膝をついた。
「この間の晩、あなたに恥をかかせたことは謝ります。ですが、そんな姿でいきなり乗り込んできて、暴力に訴えるなんて、あなたらしくない」
 アントニウスは誰にも聞こえないように小声で言った。
 しかし、アレクサンドラはアントニウスを見上げると、鬼火が宿ったような怒りの瞳でアントニウスを見つめた。
「あなたの事を信じていたから、全てあなたの言うとおりに、全てあなたの望むとおりにしてもいいと思っていたのに、それなのに、軽々しく秘密を口にして、ジャスティーヌの幸せを壊すような事をするなんて」
 アレクサンドラの言葉に全く思い当たることがないアントニウスは途方に暮れたような顔をした。
「私は神と母の名に誓って、あなたの秘密の事は誰にも話していません」
「この期に及んで、あなたは神を愚弄し、お母様の名まで貶めるつもりなのか?」
 怒りのおさまらないアレクサンドラの言葉に、アントニウスはほとほと困り果てた。
「もしかして、先日の舞踏会以来、ジャスティーヌ嬢が体調不良でロベルトとの連絡を絶っていることと関係があるのですね?」
 アントニウスは昨日、王宮でロベルトから似たような追及を受けたこともあり、すぐにアレクサンドラの怒りの理由がジャスティーヌとロベルトの不仲が原因だと思い至った。
 王宮にアントニウスを呼び出したロベルトは、殴り掛かりはしなかったが、辛辣な言葉でチクチクとあの晩、神と母の名に誓ってアレクサンドラには触れないと約束しておきながら、何か無体なことをアレクサンドラにしたために、何度も帰りたいというジャスティーヌを引き留めた自分が共犯の疑いをかけられ、手紙に返事も貰えない状態になっているのだと、怒りをアントニウスにぶつけてきた。
 双方から同じような内容の言いがかりをつけられるという事は、あの晩、アントニウスがアーチボルト伯爵邸に忍んでいき、寝間着姿のアレクサンドラと密会したことが誰かに知れ、それがジャスティーヌ嬢の耳に入ったとしか考えられなかった。
「ミケーレ! 人払いを!」
 アントニウスは廊下で控えているであろうミケーレに命じると、一気にアレクサンドラをソファーの上に押し倒した。
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