初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
二十
 式の当日は、眩くばかりの太陽の光が降り注ぎ、王都の主要の道にはすべて白い花かごが飾られ、王宮からのジャスティーヌを迎える馬車が通る道々には、白い花束を持った人々がずらりと並び、ジャスティーヌが通るのを今か今かと待ちわびていた。
 美しいドレスに身を包んだジャスティーヌは、大勢に見守られて王都の大通りを通り王宮へと入って行った。

 ジャスティーヌを送り出したルドルフ、アリシア、アレクサンドラ、それに、わざわざ旧アーチボルト伯爵邸まで足を運んだビクトリア達は、二台の馬車に分かれて乗り、別の道を通って王宮へと急いだ。
 華やかなジャスティーヌの行列はゆっくりと進むので、遠回りの道でもジャスティーヌの馬車を追い越すことは難しくなかった。

 王宮に着いたアレクサンドラ達は、さもずっと王宮で待っていたようなふりをしてジャスティーヌを迎えると、ルドルフがジャスティーヌの腕をとり、手順に従い王宮内の大聖堂傍の控室に向かった。
 大聖堂での成婚式は国賓と王族しか出席ができないが、今は末席とは言え王族に加わったアリシアとアレクサンドラは、堂々と大聖堂内を進み、親族席に向かうビクトリアに従い、祭壇前最前列の親族席に座った。
 この日のために国中で育てられ、集められた純白の百合、薔薇、桔梗などの美しい花々が所狭しと大聖堂に飾られ、パイプオルガン奏者が奏でる荘厳な曲であふれていた。

 初めて足を踏み入れた大聖堂の豪華さに、はしたないと思いつつも、アレクサンドラは天井のフレスコ画や高窓にはめ込まれたステンドグラスを思わず眺めてしまった。そのアレクサンドラの視界に、談笑しながら大聖堂に入ってきたアントニウスと美しい令嬢の姿が入った。
 瞬間、鋭い刃物で切り付けられたような激しい痛みを胸に感じ、アレクサンドラは正面の祭壇に視線を戻した。

(・・・・・・・・アントニウス様、本当にお元気になられたんだわ。顔色も良くて、もう杖も突いていらっしゃらない。本当に良かった・・・・・・・・)

 アレクサンドラはアントニウスの快癒を喜ぶことで、必死に胸の痛みを鎮めようと努力した。

 来賓客が席につき始めると、いよいよ成婚の式典が始まる雰囲気が高まって行った。
 やがて、すべての来賓客が着席すると、祭壇脇の控室からリカルド三世と王妃エリザベート・アナスタシア、そして本日の主役であるロベルトが姿を現し、最後に式を執り行う司祭が姿を現した。

 静かに流れていたパイプオルガンの音量が上がったのが合図となり、来賓席が水を打ったように静かになった。そして、曲が入場の曲に変わった。この曲はジャスティーヌの好きなパストラーレ、へ長調第三曲だった。

(・・・・・・・・あ、これ、ジャスティーヌの好きな曲だわ。まだ小さかったのに、ジャスティーヌは、この曲を初めて聞いて、この曲を絶対に結婚式の入場の曲に使うんだって思ったんだから、ジャスティーヌってすごいな・・・・・・・・)

 昔の事を思い出していると、聖堂の扉を開く音がして、一斉に人々が立ち上がる気配がした。ビクトリアが立ち上がるのに合わせてアレクサンドラ達も立ち上がった。

 荘厳な曲に導かれるようにしてルドルフに手を引かれたジャスティーヌが入場した。
 祭壇の正面にロベルトが進み出て、ルドルフからジャスティーヌを託され、二人が祭壇の正面に立った。
 オルガンの音が静かに、そして人々の注意が祭壇に向けられている間にオルガンの音は空気に飲まれるように消え、静寂が聖堂を満たした。

「この素晴らしき日に、尊い皆様方にご出席いただき、神の御前でエイゼンシュタイン王国王太子ロベルト・アナスタージウス・レオナルト・ベルゲングリューンとホーエンバウム公爵家令嬢ジャスティーヌ・クラリッサ・アードラーの婚儀を執り行う事ができることを喜ばしく思います」
 良く響く司祭の声が式の始まりを宣言し、式が始まった。
 司祭が神への祈りを捧げ、聖句を引用したありがたい話をする間、全員が起立して司祭の言葉に耳を傾けた。そして『ご着席ください』という司祭の言葉に従い、ロベルトとジャスティーヌの二人を残して全員が着席した。
 再び、司祭は聖句を引用し、この婚姻がどれほど重要な契約であるかを説き、更に国の平和と明るい未来を神に祈り、誓いの言葉に及んだ。
 滞りなく二人の誓いがなされ、二人は指輪を交わし、ロベルトが誓いの口づけをジャスティーヌの額に落とした。
 すべてが夢のように進み、出席者全員の祝福を受け、ロベルトとジャスティーヌは晴れて夫婦となった。
 軽やかなパイプオルガンの曲に背中を押されるようにしてロベルトとジャスティーヌが退場するのを参加者全員が起立して拍手で見送った。

 ロベルトとジャスティーヌは、王宮の正面広場に祝福のために集った民に姿を見せるために正面のバルコニーへと移動した。その後、ロベルトとジャスティーヌは、パレードで王都をぐるりと循環し、会食後の晩餐会に間に合うように王宮に戻ることになっていた。
 残りの出席者たちのうち、来賓の面々は一旦自室に戻り、晩餐会の支度をして控えの間に戻ることとなり、その他の王族は割り当てられた控室で着替えを済ませ、晩餐会の控えの間で談笑する来賓客に合流することになった。控えの間ではドリンクのみが提供され、イルデランザの開戦のせいで同盟国会議の開催が見送られていたので、来賓客たちは久しぶりに再会する各国の首脳とワインを酌み交わして時間を過ごした。
 晩餐会と続く夜会用のドレスに着替えたアレクサンドラ達が控えの間に入ると、既に各国の首脳や王族が久しぶりの再会と今日のめでたい日を祝い、楽しい歓談を続けていた。
 王族に加わったばかりのアリシアとアレクサンドラは、日々の努力も報われないほど怖気づいていたが、ビクトリアが二人を力付け、更にルドルフがアリシアの手を取りホーエンバウム公爵家のメンバーが今日の主賓であることを示した。
 同じ控室の中にアントニウスとあの美しい令嬢がいるかと思うと、アレクサンドラの足はすくみ、自然と広間の中央ではなく、壁に近い場所へと向かってしまった。
 ジャスティーヌと瓜二つのアレクサンドラが目立たず、話題にも上らないのは、きっとアレクサンドラが纏う憂いの気配によるものだろうと、アレクサンドラは思った。

(・・・・・・・・ジャスティーヌの大切な日なのに、私がこんな暗い顔をしていたらいけないのに、アントニウス様が女性といると思うと、笑顔になれないなんて、私は、なんて酷い妹なんだろう・・・・・・・・)

 アレクサンドラは前を向いていられず、俯いてしまった。
 そんなアレクサンドラを遠くから見つけたアントニウスは、思わずアレクサンドラの方に一歩踏み出したが、『アントニウス』というユリウスの声に歯を食いしばってアレクサンドラの元へ行くのを諦めた。

☆☆☆

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