初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
ノックの後、侍従に案内されてロベルトの部屋を訪れたのは、隣国イルデランザのザッカローネ公爵家に嫁いだ父の従妹の息子、アントニウスだった。正確には従兄ではないのだが、ロベルトとは幼い頃より兄弟同然に仲良く過ごした間柄で、幼い頃よりお互いに相手を従兄弟と呼ぶようになっていた。そのアントニウスは、父の公爵が元気なのを良いことに、数年前から花嫁探しも兼ねた政治学の勉強にかこつけ、エイゼンシュタインを足繁く訪れていた。
「殿下、ザッカローネ公爵家のアントニウス様がお見えになられました」
 侍従長のお決まりの口上を待ってからロベルトは椅子から立ち上がった。
 それにあわせ、アントニウスが片膝をついて王族に対する礼をとる。
「堅苦しいことは忘れてくれアントニウス、ここは自由の国エイゼンシュタインだ!」
 アントニウスとロベルトが親しく育った理由の一つは、アントニウスの母、つまり国王の従妹にあたるマリー・ルイーズが病がちで、幼い頃からのかかりつけ医である王室付き侍医の診察を受けるため、年に数ヶ月をエイゼンシュタインで過ごし、その際に文化や言語の習得を兼ねてアントニウスを同道していたからだった。
 幼い頃からロベルトより一回り体の大きかったアントニウスは、成人する頃には公爵家嫡男と言うよりも、将軍家嫡男の間違いではないかと言うほど立派な体格になり、優雅さよりも勇猛さの方が増して見えるようになっていた。そのせいもあり、ロベルトと一緒に出かけると護衛の武官と間違われる事もしばしばだった。
「では、お言葉に甘えさせていただこう。ところで、殿下は何でもユニークなお見合いを始められたとか・・・・・・」
「アントニウス、従兄弟同士なんだから、そんなよそよそしい話し方はやめてくれ」
 律儀にアントニウスとの会話の間に橋渡し役として割り込もうとする侍従長を無視するロベルトに、侍従長が『正確には従兄弟ではなく・・・』と始めようとしたので、ロベルトは即座に退室を言い渡した。
「父上の思いつきだ」
 ロベルトがため息混じりに言うと、アントニウスは興味深そうにロベルトの事を見つめた。
「俺の記憶では、確かエイゼンシュタインの王太子殿下は婚約されていたと思ったんだがなぁ、やっぱり忘れられていたのか?」
 アントニウスは茶化すように言った。
「良いところまで行ったんだけど、焦りすぎたようで、しくじったんだ」
「本当か? 実は、婚約者のいる身で浮き名を流しすぎて、婚約を解消されたんじゃないのか?」
「まさか! 久しぶりだって言うのに、容赦がないなアントニウス!」
 ロベルトは言うと、立ったままのアントニウスに椅子を勧めた。
 当然の事ながら、親しいとは言え、王族の許可なく椅子に座るような無礼な真似をアントニウスはしない。
「これには、父上の横槍があったんだ」
 ロベルトは掻い摘まんで事情をアントニウスに説明した。
「つまり、あの麗しいアレクシスの従姉にあたる、君の婚約者とその妹君と見合いをしているというわけか」
「麗しいじゃなく、こ憎たらしいの間違いだろう? どうやったら、あのアレクシスが麗しくなるのか、君のセンスが分からないよ」
 ロベルトは言うと、冷たい瞳でアントニウスの事を見つめた。
「は、は、は、この俺と比べたら、君だって麗しいさ。俺から見れば、線が細く、まるで女性のようだよ、あのアレクシスは」
「どこが! あのアレクシスにドレスを着せたら、シマウマにドレスを着せたように、ちんちくりんになるさ」
「そうかなぁ、俺は意外にそそられる美女になる気がするがね」
「アントニウス、君の女性の趣味は絶対におかしいぞ、私が保障する」
「まあ、我が国の女性は親の決めた相手と大人しく結婚するお人形さんのような女性ばかりで、口説いたところで手応えもないが、この国の女性は駆け引きもうまく、口説き甲斐があるから、色々と挑戦しているうちに、幅も広がるというものさ」
 アントニウスは言うと、大らかに微笑んだ。
「そこまで言うなら、アレクサンドラ嬢との遠乗りに、アレクシスも着いて来るぞ」
「それは願ってもない、では是非お供させて戴こう」
「では、先方にその旨、連絡しておこう」
 ロベルトが言うと、アントニウスは椅子から立ち上がった。
「本当はゆっくり語らいたいのだが、今日はまだ屋敷の準備などが残っているので、これで失礼させていただく」
「ああ、落ちついたら、何時でも遊びに来てくれ」
 アントニウスは、深々とお辞儀をすると、ロベルトの部屋を後にした。
 アントニウスを見送ったロベルトは、ペンを取ると、アレクサンドラ宛てに短い手紙をしたためた。
 内容はいたってシンプルで、隣国、イルデランザ公国のザッカローネ公爵家嫡男のアントニウスが遠乗りに同行するので、是非、アレクシスに乗馬の腕を披露してアントニウスをもてなして貰いたいとだけ記した。
 そして、一度ペンを置いてから、改めてペンを手にすると、『次は、春風のように麗しいあなたにお目にかかりに参ります』と、ジャスティーヌ宛てのカードを書いた。

☆☆☆

< 44 / 252 >

この作品をシェア

pagetop