初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
「乗馬なんてさ、アレクサンドラが馬に乗れる訳ないってことぐらい頭が回らないわけ? ホント、馬鹿王子よね」
 アレクサンドラの口をついて出る悪態は尽きない。
「私というか、アレクサンドラは、殿下と一緒に騎乗するから、特別な支度は必要ないそうよ」
 ジャスティーヌが言うと、アレクサンドラは、ふんと鼻を鳴らした。
「あのエロ王子! 乗馬してる間、ずっとジャスティーヌを抱きしめているつもりなんだ」
 アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌの胸が痛んだ。
 やはり、殿下は相手をアレクサンドラと決めているのだと。
「あのね、アレク、よく聞いて。殿下は婚約者をあなたに、アレクサンドラにもう決めているのよ」
 ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラが口をへの字にした。
「ジャスティーヌ、いっそ、僕に死ねと言ってよ。そんな気色悪い事考えたくもない。他のどのアレクサンドラでもなく、僕にあのエロ王子が愛を囁くなんて、考えただけでゾッとするし、聞きたくもない! お願いだから、いっそ、『アレクサンドラ修道院には入れ!』とハムレットみたいに言ってよ。そうしたら、僕もオフィーリアよろしく、ジャスティーヌのドレス着て川に身を投げるから」
 激しい拒絶に、ジャスティーヌは一途にアレクサンドラを想っているロベルト殿下がかわいそうに思えた。
「でも、女性として接したら、あなたの気持ちも変わるかも・・・・・・」
 ジャスティーヌの言葉にアレクサンドラの忍耐が尽きた。
「冗談言わないでジャスティーヌ! よく考えてよ、例えあのエロ馬鹿王子がアレクサンドラって名前の伯爵令嬢に恋をしたとしても、それは幻。夢であって現実ではないの! 一度も本当は会ったこともないんだよ。名前がアレクサンドラだろうがジャスティーヌだろうが、アイツが会ったことがあるのはジャスティーヌだれなんだよ。それに、あのダンスと一度のキスで結婚相手を決めるほど、アイツは純粋でもなければ、夢見がちな王子じゃないんだよ! 一度、僕の代わりをしてるジャスティーヌに暴言でも吐かれたら、すぐにやっぱり、ジャスティーヌの方が良かったって、心変わりするに決まってるんだから!」
「そんなの分からないわ! どうしてアレクはそんなに殿下のことに詳しいのよ! 私は、いつも遠くから見つめるだけ、お話だってろくにしたことがないのに・・・・・・」
「僕に言わせれば、何にも知らないのにアイツ一筋に誰とも結婚しないで、この歳まで見合いを断り続けてきたジャスティーヌの事の方が信じられないよ!」
 アレクサンドラは、今まで隠してきた本心を吐き捨てるように言い放った。
「結婚ってのはさ、恋するのとは訳が違うんだよ。まして、王家に嫁いだら、直ぐに世継ぎを産めだのなんだのって、凄いプレッシャーだろうし、いろいろ細々としたしきたりを覚えて、エチケットを守って、公務をこなして、普通に恋をするのとは次元が違うのわかってる? そんな、ろくに口すら聞いたことのない相手と初夜を迎えられるの? もし、思っていたような男じゃなかったらどうするの? 王家に嫁いだら、やっぱり実家に帰りますなんて、許されないんだよ。結婚はおままごとじゃないんだから、ちゃんと現実を見なよ! ジャスティーヌは、男と女が夜にベッドの中でどんなことするか、ちゃんとわかって言ってるの?」
 アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌは言葉を失った。
 男装して、娘だてらに男性達の仲間入りをし、体が女だからこそ実体験はない物の、思いっきり耳年増になっているアレクサンドラと、『嫁ぐ気なし=花嫁修業の必要なし』で、夫婦の営みに関しての知識はロマンス小説で得ただけのジャスティーヌとの決定的な違いだった。
 確かに、アレクサンドラが言うように、王族との結婚は難しく、いくら自由恋愛の国エイゼンシュタインと言われても、列強六ヶ国の王族と対等に交流するためには、あらゆる公務、他国の訪問、同盟国会議への出席など、想像もつかないプレッシャーや責任が伴う。
 当然、離婚や別居など、王室のスキャンダルになるようなことは許されず、唯一、離婚が成立するのは、結婚しても妊娠の兆しが全く見られない、石女(うまずめ)という烙印を押されたときだけ。それは一方的に王室から申し渡されるもので、ジャスティーヌの意志で望んで出来ることではない。しかも、王族から石女(うまずめ)の烙印を押されて離縁されれば、再婚することも出来ず、行く先は結局、修道院ということになる。
 また、一夫一妻制をとっているエイゼンシュタインでは、表向き離婚しないまま、他の女性に世継ぎを産ませると言うようなやり方はせず、離婚した元妻と王族がこっそり交際を続けることはあっても、それはあくまでも秘め事であり、表沙汰になってはならない。
 第一、今回の見合いで初めて異性であるロベルト殿下と親しく接したジャスティーヌには、それこそ夫婦が夜のベッドで何をするかなど、想像すらできない。
 それでも、ジャスティーヌはアレクサンドラに反論した。
「そんなこと、結婚してから憶えるわ! 殿下が好きなだけではいけないの? それが一番大切な事ではないの? だって私は、あの公爵家の図書室の中でロベルト殿下に出会って、プロポーズされたときから、私の心は決まっていたんですもの!」
 ジャスティーヌの言葉にアレクサンドラは、驚いたように目を瞬かせた。
「いつプロポーズされたの? この間の舞踏の晩? それだったら、なんで僕と結婚するって決めたなんて考えるの?」
「違う、違うの。プロポーズされたのは、初めて出会った日よ」
 ジャスティーヌは言いながら、ロベルト殿下に図書室でプロポーズされたこと、そして、分厚い書籍の上にロベルト殿下がハンカチをひいてくれ、ジャスティーヌがその上にのって約束のキスをロベルト殿下に返したことを・・・・・・。
 その瞬間、ジャスティーヌはロベルト殿下があの『エイゼンシュタイン王家の歴史』という書籍を贈ってくれた理由、そして、ハンカチを探しているという意味を理解した。
「ああ、どうしようアレク・・・・・・」
「今度は何?」
「殿下は憶えていたんだわ」
「一応、何をって訊いたほうがいい?」
「プロポーズよ。私が忘れていたのに、殿下は憶えていてくれたんだわ。あの本は、プロポーズを受けて、成人して彼が迎えにくるまで誰にも嫁がないという誓いのキスをするときに、背の高い殿下の頬にキスするために、私が背伸びしても届かないから、踏み台としてのるために殿下が見つけてくれて、その上に殿下がハンカチをひいて下さって、それで殿下の頬にキスをしたの!」
 頬をバラ色に染めながら話すジャスティーヌに、アレクサンドラは大きなため息をついた。
「で、だとしたら、アレクサンドラ本命説はどうなるわけ?」
「わたしの誤解?」
「当たり前でしょ! 本命になんて、陛下の命令だってなりたくないっていうのに・・・・・・」
 アレクサンドラは言うと、体をソファーに投げ出した。
「アレク、どうしたらいいの?」
 ジャスティーヌは言うと、ソファーに横たわるアレクサンドラの元に走り寄った。
「どうもする必要ないんじゃない? だって、約束通りなら迎えが来るんでしょ?」
 アレクサンドラは他人事といった様子で答えた。
「でも、殿下はアレクサンドラが好きな様子だったのよ?」
「ジャスティーヌの勘違いでしょ」
 アレクサンドラは言うと、上体を起こした。
「悪いけど、ジャスティーヌ、これ以上は、相談には乗れないけど、変わりに遠乗りに言ってもいいよ」
 アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌが大きく目を見開いた。
「でも、そんなこと・・・・・・」
 あまりの驚きに、ジャスティーヌは言葉を見つけられなかった。
「もしかして、遠乗りの間、僕がエロ馬鹿王子に抱きしめられるのがイヤだとか? やきもち妬いてる?」
 アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌが頭を大きく左右に振った。
「アレクが代わりに行くなんて、出来るの?」
「まあ、あのエロ馬鹿王子の腕に抱かれてってのはイヤだけど、我慢するよ、ジャスティーヌの為だから」
「でも、髪の毛は? 伸びてないのよ」
「大丈夫、結い上げて帽子で隠すよ。ダンスする訳じゃないから、バレないはずというか、ああ、もう、いっそ面倒だからバラしちゃおうか?」
 アレクサンドラの言葉にジャスティーヌが目をむいた。
「ダメよ、そんなことをしたら、お父様も、それから、家が大変なことになってしまうわ」
「冗談だってば、ジャスティーヌ。だいたいさぁ、乗馬しているときに正体をバラしたら、馬から落とされて大怪我するからイヤだよ」
「そんなこと、殿下はなさらないわよ」
「いや、絶対やるね。あの単細胞なら、僕がアレクサンドラと信じる前に、僕が女装していると誤解するだろうからね」
「でも、お供はどうするの? 私には、アレクの代わりはできないわよ」
「そうだね、具合が悪いから、行かないことにしようか」
「本当に大丈夫?」
「任せといて、キューピット役は、このアレクシスめが承りましょう」
 演技がかってアレクサンドラが言うと、ジャスティーヌが始めて笑顔を見せた。

☆☆☆

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