初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
「殿下に結婚を約束したお相手が?」
「ああ、そう聞いている。ご存じなかったのか? 貴殿はロベルト殿下とは親しいのだと思っていたが・・・・・・」
 あやうく『ご冗談を!』と叫びそうになりながら、アレクサンドラはぎゅっと手綱を握りしめ、馬の腹を両足で絞ると、自然と馬の歩みが早くなった。
 ジャスティーヌは幼い日の約束の事を思い出す前から、ずっとロベルト一筋に見合いも断り続けてきたというのに、あの数知れず流していた浮名の中にロベルトの本命が潜んでいたとは、そう思うと、ジャスティーヌにロベルトが迎えに来るのなら待てばいいと言ってしまった自分が激しく愚かに感じられた。
「なんてことだ」
 『なんて自分はバカだったんだ。あんな色ボケ王子を信じるなんて』と心の中で続けるアレクサンドラに、スピードを合わせたアントニウスが再び並んだ。
「失礼。ご存じなかったとは・・・・・・」
 心配げに言うアントニウスを見つめるアレクサンドラの目も鋭く怒りに燃えてくる。
「アントニウス殿は、その相手の名をご存じなのですか?」
 憮然として言うアレクサンドラ、アントニウスが『もちろん』と答えた。
「で、貴殿はその令嬢と殿下の方が、アレクサンドラと殿下よりもお似合いだと、お思いなのですね?」
「そういう事になりますな」
「それならば、是非、お相手の名をお聞かせ願いたい。叔父上にお話しし、アレクサンドラが傷つく前にこの見合いをなかったことにして戴くように陛下に願い出るように説得しなくてはなりません」
 アレクサンドラの真剣な言葉に、アントニウスが少し瞳を細めて微かに笑みを浮かべたように見え、アレクサンドラの怒りは頂点に達した。
 いっそ、前をいくロベルトからジャスティーヌを奪い取り、そのまま屋敷に連れ帰ってしまおうかと、アレクサンドラが馬の脇腹をさらに締めてスピードを上げようとした時、アントニウスが再び声をかけてきた。
「もし、私に早駆けで勝ったら、貴殿に殿下の婚約者の名前をお教えしよう」
「早駆けで勝負をつけると? 望むところです。従姉を悲しませないためであれば、どんな勝負でも受けて立つつもりです」
「では、自分がロベルト殿下に伝えて参ろう」
 アントニウスは言うと、軽く馬の尻に鞭を当て、一気にスピードを上げて前を行くロベルトに話をしに行き、アレクサンドラは、敢えてその場で馬を止めてアントニウスを待った。
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