大天使に聖なる口づけを
フェルナンドを狙っていた弓使いは、尖塔の中ほどの階段でランドルフによって取り押さえられた。

弓をつがえようとした次の瞬間、時が止まり、気がついた時には目の前に近衛騎士が立っていたその人物は、すっかり取り乱し、いまだにわけのわからないことを口走っているのだという。

「しばらくの間なぜか体が動かなかったなんて……そんなことあるわけないのにねぇ?」
長椅子に腰かけ優雅に足を組むフェルナンド王子は、案外人が悪い。
そう評価しながらも、優美な姿には、やはりため息を吐かずにはいられないエミリアだった。

「じゃあそろそろ、今度は俺たちの願いを聞いてもらいます」
部屋の隅で突然口を開いたアウレディオに、エミリアの心臓がドキリと跳ねる。

「ああ。約束だからね」
王子に歩み寄ったアウレディオは、耳元に口を寄せ、何事かを囁いた。

王子は軽く頷くが早いか、
「なんだ。そんなことぐらいお安い御用だよ」
と上着の釦を外し始めた。

「ち、ちょっと待って下さいっ!」
悲鳴を上げて部屋から出ていこうとするエミリアに、わざと悪戯っぽく笑いかける。

「別にここにいても構わないよ?」
「そ、そういうわけにはいかないです!」

フィオナの手を引いて急いで退室しようとしたエミリアだったが、そのフィオナは足に根が生えたかのように動いてくれなかった。

「私も、別にここにいてもかまわないんだけど?」
いかにも動くことが面倒そうに、気だるげに首を傾げるので、エミリアは力の限りに、彼女の華奢な腕を引っ張った。

「だめよ! 絶対にだめなの!」
引きずるようにしてフィオナを引っ張り出し、ようやく閉めた扉の向こうからは、我慢できなくなったと見えて、アウレディオの大爆笑が聞こえてくる。

エミリアはムッとしながら叫んだ。
「ディオ! 後は頼んだからね!」
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