大天使に聖なる口づけを

（知っている人？　ううん。そんなわけないわよね……？）
青みがかった黒髪は、肩につくほど伸び放題で、着ている服も持っている荷物も全部どことなく薄汚れている。

旅人か。
それとも浮浪者か。

どちらにせよ、大通りを行き交う他の人々とはあきらかに異彩を放っているのに、嫌な気持ちではなく、本当に純粋に目が離せない。

長い前髪の間から、その人物がふっとこちらに視線を向けた。
夜明け前の空のような、紫色の瞳と目があった瞬間、エミリアはアマンダの店の入り口に向かって走り出していた。

「どうしたのエミリア？」
フィオナが呆気に取られて問いかける。

けれどエミリアに、答えを返している余裕はなかった。
（早く！　早く捕まえないとまたいなくなっちゃう！）

必死の思いで通りに飛び出し、大声で叫んだ。
「アル！　アルフレッド！」

黒髪の男は驚いたようにエミリアの姿を見つめ、それから両手を大きく広げて破顔した。
「エミリア！　ただいま！」

紫の瞳が喜びを湛えて輝く。
エミリアは全速力で、彼の腕の中に飛びこんだ。