大天使に聖なる口づけを
(だって嫌だったんだもん。大好きなお父さんが、『奥さんに逃げられたかわいそうな人』って言われるのも……お父さんと無理矢理引き離されるのも……!)

故郷に帰ったという母のことならば、もうとっくに諦めている。
でも三人で過ごしたこの家を出て行きたくはなかった。
父を一人ぼっちになどしたくなかった。

(だって……お母さんが植えたお花だって庭の芝生だって、私がいなくなったら誰が世話をするの? お父さんに任せてたら、みんな枯れちゃう。この家だってすぐにボロボロになっちゃうわ。あっという間に取り壊しなんて……そんなの嫌よ……!) 

もし万が一――百万が一、母が帰ってくるようなことがあったとして、目印になるこの家がなくては、ただでさえ方向音痴の母は、エミリアたちのもとにたどり着くことができなくなってしまう。

(そんなこと……きっとあるはずないんだろうけど……)

それでも心のどこかで期待する気持ちは捨てきれないまま、エミリアはがんばった。
庭の手入れも家の掃除も父の世話も、もちろん本業の勉強だって針仕事だって、誰にも負けないぐらいにがんばった。
『母親のいないかわいそうな子』なんて、周りに感じさせる隙もないほどにがんばった。

それなのに――。
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