大天使に聖なる口づけを
(まさか私ったら……ランドルフ様とキスしたかったの?)
自分自身に問いかけてみて、エミリアは苦笑いする。

(これから先、時間をかけてっていうのならともかく……今すぐそれは、やっぱりないな)
だとしたら何なのだろう。

ひょっとしたらエミリアは、気がついてしまったのかもしれない。
今この瞬間、今までのようにランドルフに近づく口実を、エミリアは失ってしまったのだ。

(明日からはまた前のように、遠くから見ているだけ…… しかもお母さんの仕事を手伝うためには、すぐにまた次の候補者捜しに動きださなきゃならない。その中では、他の誰かを追いかけている私の姿を、ランドルフ様に見せることもあるかもしれない……私という存在を知ってもらって、昨日より今日、今日より明日ってランドルフ様と親しくなって、私の恋は本当にこれからだったのに……)

そっと唇を噛んだエミリアを気遣うように、フィオナの手に力が入った。
そしてこれまでの人生で一度も頭を下げた事がない相手に、フィオナは静かに頭を下げた。

「アウレディオ……やっぱり私たちをブランコに乗せてもらえないかしら?」
アウレディオは反駁することもなく、ただ静かに頷いた。

日の光にも劣らないほどの月光の下。
エミリアとフィオナは古い小さなブランコに並んで座って、アウレディオに背中を押してもらった。
アウレディオの祖父の薔薇が、ちょうど初秋の満開を迎えて、庭園はむせ返るほどのいい匂いに包まれていた。  
その匂いと共に、エミリアはフィオナとアウレディオの優しさをそっと胸に刻んだ。
キーキーと軋んだ音を上げるブランコの心地よい浮遊感と共に、いつまでもいつまでも忘れないように――。
< 87 / 174 >

この作品をシェア

pagetop