冬至りなば君遠からじ
 天気が良いせいか灯籠周辺に人が多くなってきて、僕たちは川を渡った。

 キャナルシティの多色の壁面と巨大な広告プロジェクターを先輩が見上げている。

「おもしろいですか」

「私は以前ここに来たことがあるな」

「そうなんですか」

 幽霊にも過去の記憶があるんだろうか。

「何があったんですかね」

「それは思い出せない。だが、私はここにいたことがある」

「じゃあ、行ってみましょうよ。歩いてみたら、何か思い出すかもしれませんよね」

 僕はまず先輩をジェラート屋さんに連れていった。

 店内は若い女性客で混雑していた。

 二人だけでおしゃれなお店で何かを食べるのは初めてだ。

 カウンター席に並んで座っている恋人同士のお客さん達の様子を参考にしながら注文の順番を待った。

「ここのお店には、この前食べたピスタチオ味もありますよ」

「では、それにしよう」

 店員さんからジェラートを受け取る。

 スプーンが二本刺さっている。

 頼んでもいないのにスプーンが二本。

 それが当たり前のお店に自分が女の人を連れてきていることに僕は感動した。

 これがデートってやつか。

 店の奥は混雑していたので、入り口横の窓辺のカウンターに座った。

 キャナルシティを行き交うお客さん達が先輩のことを見ていく。

 新しくお店に入ってくるお客さんが急に増え始めた。

 ジェラートは一つのカップに円錐形に二つ盛り上げてあった。

 ウサギの耳というよりは、尖っていてサグラダファミリアみたいな形だなと思った。

 色合いもちょうどそんな感じだ。

 そんな感想を口にしたら、先輩が首を傾げた。

「スペインにある教会のことですよ」

 スマホで写真を見せる。

「これはどこにあるのだ。ここにあるのか」

「いえ、スペインというのは外国ですね。さっき見た飛行機で行くところです」

 先輩はそうかとうなずくと、刺さっているスプーンを抜いてジェラートを口に含んだ。

「これは冷たいものだな」

「そうですね。この前と同じです」

「冷たいという感覚が分かるぞ」

 パスタランチの時に『おまえは最高の調味料だ』と言われた時のことを思いだした。

 顔が熱くなった。

「先輩、これも写真を撮っておきましょうよ」

 声をかけた時には、二つの円錐形のうち、一つが削れていた。

 まあ、細かいことは気にしない。

 先輩がおいしいと思ってくれるならそれで良いんだ。

 スマホなれしてきたのか、先輩が僕に微笑みを向ける。

 でも、僕の方はシャッターボタンを押す時の緊張感にはまだ慣れない。

「おまえの写真も撮ってやろう」

 先輩が自分のスマホを取り出す。

「笑え。おまえも笑顔が素敵だぞ」

 そういわれるとかえってぎこちない笑顔になってしまうような気がした。

 いい笑顔は難しい。

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