God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」
プロローグ……右川カズミですけど、何か
真っ黒な雨雲が張り出して、遠くでは雷が鳴っている。
放課後、買い物を途中で切り上げて、あたしは再び学校に戻ってきた。
学校の忘れ傘をあさるため。
この大荷物。食材が……というよりクッキングペーパーが、濡れたら元も子もない。今どき箱入り。多分、処分品。だから安かった。たくさん買って、たくさん後悔。ラップも無くなるし、アルミホイルもそろそろだな。
あれもこれもと頭に思い描く。
あんたは店の事しか頭に無いのか……と、松倉から小言を言われたな。
「古文の課題、自分でやりなよ」聞くまで、そんな宿題があった事をすっかり忘れていたよ。ていうか、どうでもいいと思っていた。
「あ、そ。みんな頑張って~」と、他人事。「古い言葉覚えたからって、何になるわけ。バイト代もらえんの?ねぇ、ねぇ、ねぇ~♪」
「そういうのいいから、さっさとやりな」
松倉は、外向きは、ねばーっとした言い回しで誤解を振りまくが、親しい間では普通に話せる。その器用さで、男子ウケとか先生ウケとか、色々と狙っているらしいけど、未だ結果を見ない。
……傘が見つからない。
忘れ物の傘は、この所、動向が激しい。
雨が降ったら、一気に無くなる。
雨のち晴れ、時々晴れ……そんな日は、ごったがえす。
今日は、急に降り出した雨のせいなのか、まともな傘から消えていった。
破れていない。壊れていない。クレージーな模様は却下。
そんな都合の良い傘はなかなか見当たらない。小さいのも……困るな。
誰だかも取りに来たか。
背後に迫る人の気配が鬱陶しいなーと思っていたら、黒川だった。
「傘、入れてやろうか」
タオルも何もかも、そのままブッ込んだみたいなスポーツバッグを肩からスラッシュ掛け、黒い大きな傘を開いてドヤ顔している。
「そだね。よろくし」
あたしは即答。
黒川と一緒に、店まで歩く事になった。
荷物を傘の内側に据える。あたしは濡れてもいい。
よく考えたら、これで自動的に、あたしと黒川の間には一定の距離が保てる。店が近づいたら、パッと離れればいい。冷徹に突き離してやるから、覚悟しろ。アキちゃんに見られたら、事だ。
カズミが世話になったね、とオゴらせたりもしたくないから。
だけど……よく考えたら、アキちゃんに黒川の存在を見られた方が都合がいい気もする。
こないだ、成り行きとはいえ、沢村を家まで上げてしまった。
あたしが誰かを家に上げる事自体、高校生活3年目、店に泊まり込むようになって以来、初めての事だ。あの松倉でさえ、上げた事は無い。
ただでさえ、沢村はアキちゃんに取り入っている。アキちゃんもアキちゃんだ。勉強しろとか、追試はどうとか、沢村と結託して、あたしを追い詰める。
1番嫌なのが、沢村との仲を誤解していることだ。
ていうか、そうなればいいと考えている節がある。
もしここで黒川と一緒の所を見られたとして、「こいつも単なる友達だよ」と。あたしにとっては、沢村も同じようなもの。こうやって都合良く利用する男子の1人なんだと、アキちゃんを説得できないだろうか。
「右川さ、突然だけど、オレと、ちょっと付き合わね?」
黒川はガムをくちゃくちゃ言わせた。
「どこまで?遠回りならもういいよ」
「ぢゃなくて。仲良くお付き合いって事で」
「なにそれ。どんな恋愛コント。要らない。あたし、そういうのいいんで」
急に、何言い出すんだって感じ。
アキちゃんの誤解を解くために、そこまで盛り上がる必要は無い。
黒川の、閃きブッ込み一発芸、出ましたか。真面目な話とは到底思えない。
ガムを噛みながら言う事か。ていうか、一個くれよって。
「あたしが片思いって知ってるよね。立聞きしたよね。てゆうか、吉森はどうすんの?ブラザーK」
「てゆうか、何で俺があんなオバハンと、どうとか思われてんのかな」
「みんな言ってるよ。ブラザーK」
「ちげーよ。あんなババァなんか大嫌いだ」
そこまで強く意識してるって、逆に思ってしまうね。
そう言えば……沢村とはどうなのかと、ミノリにガチで疑われた。
驚くよ。ていうか、引くよ。あれだけ側に居て、見てて分かんないかな。
まさかと思うけど、いつかの、あの……忌まわしい記憶の色々が体中から漏れ出して、只事じゃないエキスでも滲み出ているのかと疑ったくらいだ。
「あいつら、まともに付き合ってんのかな」
「あいつら?」
「沢村と桂木」
まだそれ。
いつだったか、あたし達の会話を立ち聞きした黒川は、訳知り顔だ。
「あの女、沢村なんかの何処が良くて、くっ付いてんだ」
「そだね」
あのレベルで良かったら、他に居るだろって感じ。あたしは何度も言ったけど。
「おまえ、沢村の事好き?」
あのさ。
「いつかの台詞をそっくり言うけど、同じクラスに居て、分からない?」
「とかって、意外と仲良く生徒会やってるっていうか」
「それ、沢村が勝手に出張って来るだけ。もう、クソ過ぎて神」
黒川は、シニカルに笑った。
「オレも、沢村なんか大っ嫌いだ。死ねばいいのに」
それは……あたしは、そこまでは微妙に違うな。
黒川の横顔を、じっと眺める。黒川は、そこまで沢村を強く意識していると……これは核心を突いているかもしれない。
「気が合うじゃん、じゃ決まり」
「何も言ってねーよ、ブラザーK」
一応、付き合うと言い出した理由を訊ねると、
「おまえ面白いし。正直、ちょっと付き合ってみたい気がするんだけど」
「それが理由かよ。くだらないね、ブラザーK」
ちょっと付き合う?……なんて、お軽い。あり得ない。
もっと言うと、こんな大荷物の女子を手伝ってやろうという思いやりに欠けるあんたなんか、人間的に最初から却下だよ。
雨足が急に強くなった。
こっちは腕が疲れてきたし、お互い雨宿りも兼ねて、一休み。
郵便局の軒先に退避した。
郵便局横の駐輪・駐車場には屋根がついている。
「今って、ハガキいくらだっけ。ブラザーK」
「知るかよ。面倒くせぇ。ラインで送れ」
はい、消えた。
アキちゃんなら即答だ。何でも知ってるよ。
「おまえ、このまま、オッサンだけ?他の可能性って考えないの?」
はい、消えた。
オッサン、却下。
黒川の言う、他の可能性。
海川、スーさん、里中……気のいい仲間が浮かんで消える。
付き合うとか、そういうのとは、みんな違う。全然、違う。分かってない。
「付き合うっていっても、普通に遊ぶみたいな感じ。オレで良くね?」
「ブラザーK。そんなら、付き合う意味無くね?」
「意味があるかどうか、そこがお試しって事だろ。どうよ」
「ブラザーK。そこが面倒くさいって事だろ。どうよ」
口の減らねー女。
黒川は舌打ちした。イライラしてか、乱暴に傘を振る。雨水がそこら中に散って、こっちの荷物をぬらした。あたしも舌打ちする。てめぇ、いい加減にしろ。
「オレと付き合うなら、面倒くさい事抜きだぞ」
「あ、そ」
「クラスもお昼も帰りも、大遊び」
「あ、そ」
「どっかの2人みたいに、適当な付き合いでチューとかしなくていいし」
「あんたなんかとする訳ないでしょ」
チューとか言うな。考えるな。マジ、きもいから。
黒川は、沢村とミノリをあてこすった。
ガチ意識してる。というか、この期に及んでも対抗意識を燃やしている。
「とりあえず、おまえと沢村を疑うヤツ、居なくなるんじゃないの」
黒川の訳知り顔が憎らしい。
ミノリにとって、1番知られたくない事を、黒川に聞かれた。
沢村にとって、よりにもよって黒川なんかに、知られた。
〝本当に沢村とは、何でもないんだよね?〟
恐る恐る問い質すミノリは、手も声も震えて……よっぽどの勇気と覚悟があったように思う。2人共、うまくいってると思ってたから驚いた。
色々あるんだな。
あたしは、アキちゃんと一緒に居ると楽しい。もう嬉しいことばっかり。
同じ片思いなのに……ミノリと、どうしてこんなに違うんだろう。
同じ片思いと言っても、キスまで行ったミノリは、あたしと違って十分に報われている。それでも楽しいと思えないって、どういう事な訳?
恐らくそれは……アイツのせいだ。
いつまでもハッキリしない。往生際が悪い。優柔不断。そう、沢村が悪い。
それを思うに付け、どうして賢いミノリがあんな低次元の男子を好きになるのかと、そこを本気で悩む。
顔だって大した事ない。性格の善し悪しも、言葉を話せる人類という域を出ない。サッカー部のキリン(桐生という名の男子)の方がマシ。1対1で、わざわざ付き合う程の魅力を、沢村には全く感じない。
だって、あいつは何度もいい加減な……まぁ、今さら余計な事を言って、誰を刺激することもないけど。あたしも、そろそろ、ちゃんと!忘れたいから。
あたしが好きになった人、それがアキちゃんで本当に良かったー。
本気でそう思った。
男の沢村ですら、イケてると認めるほど、超イケてるアキちゃんだ。
学校のヤツらとは、レベルが違う。
どうしてみんなはそういう存在に気付かないの?アキちゃんを相手に目覚めてもらっても困るけど。何で、学校の中だけで見つけようとするのかって事。
松倉の妹までもが、「沢村先輩、カッコいいじゃないですかぁ」と、キレた事抜かす。後輩にとって、ちょっと上の先輩が良く見えるのは仕方ないとしても、おかしい。腐女子系コミック読み過ぎで、頭が溶けてるとしか思えない。
だけど、ミノリと違って、妹は片思いをエンジョイしていた。
沢村の見張り役を頼んだ時も、「このチャンスに写真撮りたいです」とか、「確か5月が誕生日だったんですよね」とか、色々狙って。
その日、沢村からゴミを貰って上機嫌。ていうか、ゴミって……他に無かったのか。やる方もやる方だが、それを喜ぶ方もどうかしている。ヤベー奴にしか見えない。
ま、相手がどんなに、いい加減で超低レベルでも、楽しい片思いというのもあるらしい事は分かったけど。
あのマラソン、ミノリもその辺は感じていたようで……。
「どうかな?」
黒川の存在を忘れていた。
こっちは別の考え事で頭が一杯。
「え、何が?」
黒川は、やれやれと笑い混じり、口先で笑うと、
「話の続き。夏休みまでの1ヶ月。期限付きでオレ様をお試しって事」
まだそれ。
引いた。
「じゃ、はっきりお断り。あたし、そうゆうのできないんで」
決め事、何かに迷う時は、いつもアキちゃんを思う。
男の子と、そんなはっきりしない付き合い方する女の子を、アキちゃんはどう思うだろう。
アキちゃんは良いと思うだろうか。絶対無い。
だらしない女の子だって怒ると思う。だから、しない。
そうやって、いつも決めてきた。
1番好き!は、アキちゃんだけ。あたしにとって、それ以外はカスだ。
学校はカスだらけ。カスしか居ない。
とにかく早く卒業したい。
今は、そればかりを考えている。

集中豪雨。
振られた勢いもあったのか?
こっちを振り返りもせず、黒川は豪雨の中を飛び出した。
黒川と入れ違いに、上着で頭を庇いながら、サラリーマンのお兄さんが飛び込んでくる。
黄色い傘と雨合羽に守られた幼稚園児。
誰かを迎えに行くママさん軍団。
バイクがぬかるみで大きく水を撥ねて通り過ぎる。
あたしは大荷物のまま、雨が収まるまで、郵便局の屋根の下。
せっかくだから、撮り集めたアキちゃんの写真を眺めてみようか。
こうやっていると、色々と思い出す。
自転車、直したり。
破れたエプロンを縫ったり。
こっそり500円玉を貯金していたり。
アキちゃんを見ているだけで、あたしは楽しくてしょうがない。

独りでも、いつまでだって、待つ事が出来る。




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