God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」
★★★ 前編〝シラけてる〟

〝三者面談〟

6月下旬。
まだ梅雨が明けない。
朝から雨が続く。学校の出入り口は、保護者の傘で埋まった。
〝三者面談〟
3年5組の教室前。
廊下には整然とイスが並び、出席順に人も並んで、次の順番を待つ。
同級生に親を見られるのは正直恥ずかしくて嫌でしょうがない。
それも母親。
一緒に並んでいる所へ、時々見知った輩が通り掛る。そいつらは俺達をジロジロと見て、ケラケラきゃっ!と笑いながら走り去る……これが、たまらない。もう消えたい。
阿木
右川
海川
桂木
黒川
沢村……と、この順番。
俺の母親が到着した時、ちょうど阿木家が終わって、教室を出た所だった。
我が母は、阿木という名前に聞き覚えがあったのか、その母親に向けて軽く会釈を出し、中学から知っている親同士に向けては一段と声色が高い。
あちこち立ち上がって挨拶を始める。
沢村家は早く来すぎたようで椅子がなかった。
そのうち椅子をどうすると揉めた結果、俺ら生徒が立ち、親を座らせる。
どこも母親が来ていたので自動的にそういう事に決まったのだ。
右川のところはまだ来ていなかった。
親子そろって遅刻ギリギリ常習犯なのか。
面談の合間には、吉森先生も次の準備があるらしく、少しの間がある。
呼ばれるまでに来ればいいけど……そうは言っても、そろそろヤバいだろ。
俺が気にしてもしようがないとは言え。
親の手前もあってか、阿木も黒川も、いつものように軽口で話し掛けてくる雰囲気には無かった。海川は元より。ふと見ると……やっぱりというか、当然、桂木はいつものネクタイは外して、指定のリボンで臨んでいる。
母親同士もやっぱりというか、進路の話で弾んで……うちの母親と桂木の親とは時々あいづちなどを打ち、見た目和やかに会話が続いていた。
俺達が付き合っていることを親は知ってか知らずか、それを考えると落ち着かない。苦しくも黒川家をはさんでいてよかったと思う。
阿木家は帰ろうとした。その時、4組前の廊下あたりから、大きな声が……。
「もう!今日はお母さんに来てって言わなかった!?」
「こういうときこそ父親だろう!」
デカい声。
デカい親父。
娘が、どチビだからそう見えるのか。
さっそく親子ゲンカが勃発だ。
周囲は緊張感を漂わせながら、一斉に右川家に注目する。
どこの家も母親が来ている……それを見てバツの悪い顔つきで右川の父親は1度は黙った。
それも束の間、そそと寄ってきて、「右川カズミの父です」と挨拶する。
母親連も、釣られるように次々と立ち上がって、微妙に浅い挨拶を返した。
右川の親父は見た所、背はそう高くない。真っ黒の髪の毛に少々白髪交じり。ビシッとスーツで決めて、恐らくサラリーマンなのか。農業仕様の軽トラックを乗り回す姿など、想像もつかない。どこにでも居るような、普通の親だ。
しかし、右川の親。あの、右川の親。
娘の奇抜な性質の片鱗を父親に見出そうと、どこか探るように眺めてしまい、右川に睨まれて慌てて眼をそらした。
地元中学以外の出身。見覚えのない親子に、親同士も戸惑っている。
父親が来ていた事も、母親連の人見知り傾向に拍車を掛けたように思った。
海川の母親が席を横にズレて、右川の父親に譲ろうとしたら、
「いえいえ。もう次ですから。そのまま。どうぞどうぞ」
芝居掛かった仕草で丁重に断られる。その父親が「おい」と娘を小突いて目配せすると、右川は、やれやれという感じで、
「中学から一緒の阿木さん。桂木さん。黒川くん海川くん沢村くん」
そうやって言葉だけで羅列されると、阿木と桂木はいいとしても、男子3人は誰がどれだか、分からない。要領を得ないだろ。
「阿木さんは、確か生徒会の副会長よね」
桂木の親が、華やかな(?)話題を振ると、これには阿木本人と言うより、親の方が嬉しそうに頷いた。間髪入れずに、「うちのミノリも、一応、書記を」と桂木の親も負けてない。それが言いたくてブッ込んだのか……同じ事を考えたのか、桂木が眉をしかめている。
「ウチは、のんびり屋で。何も無いわぁ」と黒川の親が溜め息をついた。
うっかり吹き出す所だ。
のんびり屋?おまえが?
好みの女子とみると速攻狩りに繰り出す、おまえが?
「あー。そこの沢村くんも、とりあえず生徒会やってますよ」と、黒川(息子)が余計な口を挟んだ。議長と言わないだけ許してやろう。
それを聞いた右川の父は、ほおぉぉぉぉーと感心して、
「みなさん生徒会なの?すごいねぇ。確かに賢そうなご子息だ。うちのカズミも見習わないと」
阿木の母親が、あら?と首を傾げる。
「キヨリから……確かお嬢さん、生徒会長だって伺ってますけど」
右川の父は文字通り、飛び上がって驚いた。
「う、うちのが!?本当ですか!?」
右川は、「げろげろげろっ」とばかりに頭を抱える。
……親に何も言ってないのか。
その場のほぼ全員が、呆気に取られた。
「いやぁ。兄貴がいましてね、それはここで副会長をやったんですけど。まさかカズミまでご迷惑掛けてるとは。本当に何にも言わないんだから」
自慢にしか聞こえない。
事実、母親全員から、「ご兄妹そろって優秀なんですね」と溜め息が漏れた。
その実情を知る俺たちだけが、見えない所で忍び笑いをする。
事実はうやむやのまま、「順番きたよ!」と、右川が父親を引いて、共に教室に入った。
阿木家が挨拶して、帰っていく。
その時だった。
桂木の母親がスッと立ち上がったかと思うと、改まってこちらに向き直る。
「娘がいつもお世話になっております」
座ったまま当惑している母に向かって深々とお辞儀した。
「お母さん!」
桂木が母親を制して……ただならぬ雰囲気を敏感に察した我が母は……息子をキッと睨み、意を決してサッと立ち上がると、さらに深々とお辞儀を返す。
息詰まる瞬間。身体が硬直して、俺はもう動けない。
凍りついた空気をブチ破るがごとく、教室から右川の父の叫び声が轟いた。
「け、結婚だぁ!?」
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