God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」

シラけた世界

朝一番。
1度も返事が来なかった、と桂木は登校早々、右川を追求した。
「心配しちゃったじゃん。黒川と付き合うってマジ?」
「そだね」
「そんなに早く切り替えられる?無理してない?」
「そだね」
なしのつぶて。立て板に水。
桂木はそれでも食い付いて、「右川は凄く頑張ってたよ。だからショックが大きいのも分かる。でもね、もうちょっと時間を置かない?黒川なんかより、もっと普通に話せる男子居るよ?落ち着いて、冷静になって」と、次第に右川をなだめる作戦に出た。
「じゃ、帰るねー……」
「待って!待って待って。分かった。今何が食べたい?マンガ読む?」
次は、別の事に気を反らして痛手を紛らわせる作戦か。
俺は感心する。よくキレずに、次から次へと追求できるな。
だが案の定、「そだね」「いいね」「半端ないね」と、のらりくらりと右川にかわされて、撃沈。
右川は、教室をぼんやり後にした。
そこから更に右川を追いかける元気までは……桂木は保たなかったようだ。
そしてこの一件。やっぱりというか1部に波紋を呼ぶ。
ドカドカドカ!とあいつがやって来た。
「ブラザーK!!!」
朝の挨拶もそこそこ(いつもそんなの無いけど)、永田は他人の机を薙ぎ倒し、他人の教科書も文具も、何もかもを散らかして黒川に辿り着くと、
「なんでチビだよッ!?いつかのネイル女はッ!?」
「いいよ。おまえにやるよ」
「おまえ正気かッ!?胸のえぐれたチビくそ虫がぁぁぁッー!!」
黒川に「うるせぇ。死ねよ」と雑誌を投げ付けられて、永田は一瞬言葉を無くした。容赦ない一撃に、「そんなキッツい事言わなくてもよぉー……」と、項垂れる。さらなる追い打ち、「邪魔だ。向こう行け」と邪険にあしらわれて、永田はすごすごと席に戻った。
そこまで蹴散らさなくても……少なからず、永田に同情心が湧く。
げッ。
うそ。
マジ?
結果から言うと、そこら中の女子が食い付いたのは、ほんの一瞬だった。
黒川のシニカルな笑みを前に、「で、どういう罰ゲーム?」と懐疑的になる。
「陽成高の水着ビッチはどうなった?」
「ゲームで知り合ったヤンキー女は?」
「サッカー野郎のお下がりギャルは?」
次々と黒川の女子狩りを晒して、次第に食傷気味に陥り、静かに、のんびりと離れていった。
いつもの、あれでしょ?
おふざけ。
右川だから。
……結果から言うと、誰も真面目に取り合っていない。
だが、生徒会室に於いては、決して小さくはない困惑と混乱を招いた。
浅枝と真木は、黒川と肩を並べて仲良く(?)やってきた右川と、生徒会室で鉢合わせてしまう。ちょうど帰ろうとしていた阿木は、タイミングを失って、途方に暮れた。
「大好きなお兄さんはどうしたんですか。ぞっこんだったじゃないですか」
浅枝から、そういった一通りの疑問を、「あー……もうそれは無くて」と、右川は一言で片付けて、すり抜けた。
「よ」と黒川から不敵な挨拶を喰らって、浅枝はますます困惑。この現状を元から知っている俺と阿木は落ち着いて……というか、静観を決め込んだ。
「え?え?付き合う?」と、真木も困惑を隠せない。
黒川の印象を真正直に捉えた浅枝は、「本気ですか?これって、また何か面白い事企んでるとか?」と訝り、右川は「特に何も」と言葉を濁した。
「ま、せいぜい1ヶ月だから。黙って見てろよ。妹系」
黒川は、浅枝を軽くあしらい、ついでのように上から下まで眺めて、邪な思惑を漂わせる。その様子に多少たじろいだものの、浅枝は引き下がらない。
「そういうことなら真木くんの友達の方が先じゃないですか。もうだいぶ前から言ってますよね」
懐柔作戦のつもりか、スニッカーズを右川に手渡した。
浅枝が真木を、つん!と小突いたら、「ぎゃ」と飛び上がって、
「そそそ、そうでした。僕の友達。まだ生きてますよ。どうしますか」
「だったら、1ヶ月後にくっつきゃいいだろ。くそガキが」
はぁ!?
くそガキと言われた真木より、浅枝の方がムキになる。
「優先順位の問題です。それは真木くんが先です、と言ってるんですけど」
「優先順位ねぇ……良く考えたら、それだってオレだろ」
「いいえ。真木くんの友達の方が早かったです」
「わかんねーヤツだな。頭悪いのか、妹系。くそガキとオレ、今の右川にとって、どっちがちゃんと相手になるのか、見りゃ分かるだろ。問題です。答えろ。この場合は何が優先だ?言わなきゃ分かんねーか。オレ達、受験生なんですがぁー……」
1番どうにもならない領域。
黒川から強引に線を引かれて、真木と浅枝は撃沈した。
……それが理由で自分が優先と言い張るなら、右川に進学をけしかけろよ。
俺は、喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
そんなやりとりを黙って聞いていた阿木だったが、
「そういう状況が優先なら、相方は沢村くんの方がマシなんじゃない?」
涼しい顔で、応戦。キレた事を抜かしてくれる。
これにも、「あーよかったーーー」と、黒川は棒読みで対峙した。
「マシって最高!オレ、沢村と並ぶの本当嫌なんだァ。阿木の中では、ちょっとでも差が付いてんだな。それが分かって、なんか嬉しいゼ」
俺を引き合いに出すという屈辱の(と予測された)選択も、黒川にはまったく通用しなかった。
いつかの、あのシーンを目撃した阿木は、例え桂木という存在があっても、いまだに俺と右川の仲を疑っている。それを暗に匂わせた一言だと思う。
……てゆうか。
マシとか言うなよ。まるで黒川と俺はそう変わらないと言われたような気がして、却って俺の方が屈辱を感じてしまったじゃないか。
右川を見れば、相変わらずの抜け殻状態で、黒川と手を繋いで……というか捕まえられて、どこかに連行されていく。
いいように扱われているとしか思えない。
いつまで腑抜けてるつもりだよ。
試験目前。夏休み目前。部活の使用割りが完成してしまえば、この時期、生徒会活動はほとんど無い。だから、自動的にそれぞれの事情に励む事になる。
大切な、この夏。
シラけてる場合か。
俺は、ドロドロの妖気漂う生徒会室を飛び出した。
右川と肩をぶつけて。
ワザとだ。
目を覚ませ、と言いたかった。
部活も、最後の夏を迎えて、3年はその熱量を増していく。バレー部は、毎年恒例の夏の大会にむかって練習する毎日だ。何気に気合が入る。
シラけたバカップルを頭から追い出して、俺は意気揚々と体育館に入った。
だが当然というか……黒川も部活に出てくる。
のんびりと。
まったりと。
いつもの事だが、体操服もだらしない。
「彼女はどうした」
「どっかで待ってんだろ。余所のオンナの心配かよ。おまえ暇だな」
黒川は笑った。
俺も口先で笑う。
そうでもしないと、苛立ちが溜まる。
ノリが部活を休んでいる事もあって、偶然か陰謀か、黒川と組んでパスの練習をする事になった。こういう時、思うのだ。運命に悪意を感じる。
あっちも「なんだよぉ。マジ帰りてぇ」という感じで嫌悪を隠しもしない。
淡々とシラけた世界は相変わらず健在で、パスもレシーブも全く覇気が感じられなかった。
「声ぐらい出せよ」と注意すると、あからさまにムッとして、「風邪引いちゃってんですけど。ゴホ」と言い訳。
まだ始めたばかりだというのに、「かったりー」を連発。
キャプテン工藤が何を言っても、聞くようなヤツじゃない。
レシーブの練習で、ちょっとキツいスパイクを打ち捨ててやった。
黒川は、取れなくて転んだまま、やれやれとすぐには立ち上がらない。
思わず、
「ちゃんとやれよ。上がそんなだと1年に示しがつかないだろ」
「ちゃんとやれちゃんとやれって。上がそれだと1年も息がつまるよな?」
球拾いの1年生に投げ掛けた。
後輩は、どっちの味方にも付けないと、困った様子である。
それも普通に屈辱だ。
そこに、キャプテン工藤の掛け声で、「終了!」
それを合図にコートに入った。試合さながらに練習が始まる。
レギュラーには今日はノリがいないので2年を入れた。
黒川は相手側前衛につき、やってくるボールを何度も見送り、たまに巡ってくるチャンスボールも甘く返してくる。
しばらくは我慢して見ていたが、そのうちシビレを切らした。
もう我慢できない。
「それじゃ練習にならないだろ。ちゃ……ブロック飛べよ」
「オレが飛ばないほうが、後ろのレシーブの練習になんだろが」
ムッときて、次からは黒川を標的に速攻を立て続けに打ち込んだ。
やっぱり本人は動きもせず、後ろのヤツが取れと言わんばかりの態度。後ろには誰もいない。誰の練習にもならない。
「ちゃんとーーー、取りに行けよぉーーー!」
黒川が命令すると、外まで出て行ったボールを追いかけて、1年生が取りに走る。それを、フンという感じでナナメに見ているのだ。
今度こそ本気で最高に頭にきて、俺は黒川に、ダイレクトにボールを叩き付けた。さすがに嫌悪が浮かんでいる。
「個人的な事で八つ当たりすんな。迷惑なんだけどぉ」
「いいから、ちゃ……」
ちゃんとやれよ、とまた言いかけて、そこはとどまった。
「あのさ、右川はね、今はオレのもんなの。ごめんねごめんね~」
「は?何だそれ。練習に全く関係ないし」
「チューぐらいは毎日やってるし。ごめんねごめんね~」
「聞いてねぇよ。さっさとポジション着けって」
「ま、何があってもおかしくねーよ。シラけても一発は一発だから」
ごめんねごめんね~……とか言いながら、黒川は足取り軽く出ていってしまった。「まだ練習中だろ」と、キャプテン工藤が背中に浴びせても、無視を決め込んで行ってしまう。
こういう辺り……じゃ、帰るね♪と笑う右川とダブらなくもない。
帰りたい帰りたい、と連発する所も。
あからさまに仮病を装う事も。ダラしない所も。
似たもの同士、シラけて仲良くお帰りか。
黒川は、俺が右川に下心があるかのように決めつけた。
こないだのやり取りから邪推しているのかもしれない。確かに心配だし気にもなるけど、それは〝最近かなり親しい仲間〟という域を出ない。
気になるのは、あいつの進路の事。誰と付き合おうが、どうでもいいけど、相手が黒川なんかで本当にいいのかと、そういう事。相手が海川とかスーさんとか、そいつらだったら、ここまでイライラしない。
これを見過ごしていいのか。
進路も決まらない。勉強してない。黒川なんかといい加減なお付き合い。
これを見て見ぬ振りするなんて、山下さんに申し訳ない。
水場に目をやると、桂木がいた。
友達と居る所を、黒川に捕まっている。今度は何をブチ込む気なのか。
かぶりを振って、俺は部活に戻った。
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