God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」

「ブッ飛ばしていい?」

夏休みまであと5日。
今日は先生の都合だとかで、お昼からの授業が全て飛んだ。
部活も出来ないというので、それならといつものように進路指導室に向かおうとした所、パラパラと仲間が出て行き、右川が独りクラスに取り残される。
これから親父が迎えにくるらしい。
黒川が見当たらない。
「彼氏は」と聞くと、「誰かに呼ばれたとかで」と、ぼんやり。
親父が迎えに来るまで時間を持て余しているようなので、だったらこないだの続き、2人で進路指導室に向かった。
「引きずってでも連れて行くからな」と脅したら、今日は大人しく自分から付いてきた。だから前のように首根っこを掴んで引きずる必要は無かった……。
簡単。
らくちん。
軽い軽い♪
拍子抜け、というオマケ付き。
今日も何人かは来ている。見知ったお馴染みメンバーは誰も居なかった。
そうは言っても辺りの目線を少しは気にしながら、「期末どうだった?」と訊ねると、
「英語の長文だけ追試。これって凄くね?」と舐めた返事が返ってきた。
「化学とかならまだしも、頼みの英語か」
「うるさいなー、もう……何か息つまる」
黒川と似たような事を言うと思った。
〝ちゃんとちゃんと、うるさいよな?〟
〝言ってる事が、オヤジ45だよね♪〟
デートの最中に、そんな会話を仲良くやっている……そんな光景も浮かぶ。
黒川のネクタイは相変わらず、その胸のド真ん中にあった。
「その後どうなの」
右川は、ぼんやりと、
「とりあえず、アタリマエに、普通に仲良くやってるよ」
「じゃなくて、進学」
「あー……そのうち。ぼちぼち。ていうか、あたし就職?みたいな」
やけっぱちなモノの言い方である。
「就職って。めど付いてんのかよ」
「どうにかなるっしょ。人手不足だからって黒ちゃんも言ってるし」
黒ちゃん。
どうにかなる。
「そんなに簡単にいくかよって。ていうか、その黒川だけど」
唐突に、俺の目線を遮るように、右川は目の前のファイルを適当に選んで抜き取った。俺に背中を向けてファイルをこれ見よがしに開いて、まるでこれ以上の侵入を拒むように。
そうはいくか。
「もっと考えろよ。進学も彼氏も。あんな相手で良いのかよ。いくらもう……だからって、山下さんだって、そんないい加減な付き合い許さないだろ」
「あーもう!うるさい!」
乱暴に抜き取ったファイルの束を振り上げて、右川は床に叩き付けた。
破裂音が部屋中に響き渡る。
音に、声に驚いて、周囲は水を打ったように静まり返った。
「いちいち名前出さないで!」
さっきまでシラけていたと同一人物とは思えない。
その目には強い怒りが浮かんでいた。
まだ気持ちのケジメがついていない。その様子から納得できたのも束の間、その瞳が見る見るうちに潤んで……これ以上は追い詰めると感じた。
「ごめん」
慌ててファイルを拾う。
「これなんかどう。ここだと面接と小論文で行けそうじゃん。おまえ腐っても生徒会長なんだから、内申頼みでどうにかなるんじゃないか」
その顔色を窺いつつ、周囲も見渡して、どうにか雰囲気を飛ばした。
「資格とかジャンルを見ろよ。事務系とか。医療系とか。サービス系」
右川は何も答えず、足元をジッと見つめている。
やがて、小さなため息をつくと、
「じゃ、そこでいい。もう何でも。あんたの好きなようにやっといて」
また抜け殻に戻ったか。
俺はちょっと考えて、「だったら、松倉と同じとこ行く?修道院は、みんな行くから。推薦枠まだあるかもしれない」
「松倉……」
右川は、ボーッと反対側の本棚にもたれた。
何やら呟きながら、国立ファイルを弾く。「山形大学……」
シラけて、どこまで飛ぶ気だ。俺は大きく深呼吸した。溜息に近い。
「今行って聞いてこよう」
「松倉に?何を?」
「吉森に!」
「のぞみちゃんは研究会で頭いっぱいだよー、もうー」と、かなり抵抗して見せたので、ここではその襟首を掴んで強引に引っ張った。
さっきと違って余計な重さを感じる。
こいつは、嫌な事から逃げ出す時だけはトコトンだな。元気が戻った事を喜んで好いのか、どうなのか。ていうか、この勢いで、もっと積極的に黒川から逃げ出せばいいのに思う。実は、それほど嫌でもないとか。まさか。
辿り着いた職員室。一部始終を聞いた吉森先生は、当然呆れ返った。
「遅いよ。あそこは十分すぎてキャンセル待ちだよ」
ですよね。みんな必死だ。
「見た所、一般に変更しそうな子も居ないしね」と、吉森先生は名簿を開きながら、「そこは諦めるとして、他を探さない?」
吉森先生は、右川を慰めるようにその手を握る。(逃げ出さないように?)
その時、ちょっと魔が差した。
「じゃ、俺の推薦、譲ります」
「それは……そういう訳にいかないでしょう」と、先生は眉をひそめた。
「先に推薦欲しいって言ってたのに、ダメだった子はどうすんのよ」
だよな。公平じゃない。
「だーかーらー、もうええて」と右川は、机上のマスコットを弄び始めた。
〝のぞみちゃん、半端無いって〟
〝原田クンはどうだ?〟
〝ハゲとるやないけ〟
マペットを操って、コントで一通り遊んでいる。いつもの様子が戻って良かった……かどうかは、また別の問題で。
その先、一瞬でシラけて、マスコットを放り投げた。
「本人がこれじゃね」と、吉森先生もお手上げだ。
諦めて帰ろうとした所、吉森先生がファイルを右川に手渡した。
2教科、面接だけ、小論文だけ、そんな科目の学校を集めてあるらしい。
「だーかーらー……いりませんから」
右川は受け取らず、さっさと職員室を出て行く。
「また急に燃え尽きて、どうしちゃったのかな」
吉森先生がため息をついた。
先生のため息が、俺にも伝染る。人の苦労を何もわかってない。
「それ、下さい」と、俺がファイルを受け取った。「どうするの?」と訝る先生に、謎めいて笑って……その作り笑いのまま、俺は職員室を後にした。
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