God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」
合宿3日目。
合宿というと、半分お遊び気分になって夜は夜で冒険だ!
そんな事を企む後輩時分もあったが、こと3年になると状況も違ってくる。
疲れてひたすら眠るか、試験問題集を開くか。たまに雑談する程度で大人しいもんである。朝はアッという間に、やってくる……。
右川の兄貴が、今日もいた。
なぜか早朝からバレー部のランニングに混ざっている。
遠くからワザワザやってきて、元気だな。
「バスケが大会の遠征に出ちゃって、ヒマでさ。いいだろ?キャプテン」
OBに言われると、いくらキャプテン工藤でも逆らえない。
その言い方、ヘラヘラ加減が、右川と似ている。
きょうだいだな、と改めて確信するのだ。
ピッタリと俺の後を付いてきて……走りながら、いつまた兄貴の嫌がらせが飛んでくるかと、こっちは気が気じゃない。だが、疲れてきたのか兄貴は徐々に遅れを取り始め、次第に差が生じる。
ざまぁみろ。
どんなに気張っても所詮はOB。現役の運動能力に叶う筈が無い。
とりあえずしばらくは落ち着いて走れると安堵する。
ゆうべの事だ。
俺は我が目を疑った。
何気なくスマホを覗いたら、右川から着信が来ている。
それも5件も……どう言う事だろう。留守電も1件入っていた。
聞くと、遠くで何やら叫んでいるらしい右川の声が入っているだけ。
何を言ってるのかわからない。恐る恐る電話してみたけれど、どういう訳かその1時間後にスマホが通じなくなった。
かといって自宅に直接電話するような度胸は無い。兄貴が出たら親父がでたら、と思うとなおさらだ。(あの妹も怖い。)
1度メールも送ってみた。しかし返信は来ない。
今朝になって来た!と思って開くと混乱したような字の羅列が入っている。
『っじゃんふを、んりんげジマsれんbfj』
よほど慌てている様子だけは分かった。
お得意の宇宙語なのか。一体どこの国からきたのか。内容とともに全然わからない。高度な嫌がらせだ。まさか兄貴と結託してるのか。メールなんか寄越すな。紛らわしい。おまえの方から、俺を振っといて。
ランニング中、本当はいけないが持ち歩いているスマホをもう一度、そっと開いた。
「あ、カズミの携帯、俺が持ってんだァ」
飛び上がらんばかりに驚いた。
兄貴がいつのまにか俺の隣に舞い戻っている。
「カズミカズミカズミ~♪」と下手くそな歌で、その名前を連呼した。
周囲に聞かれたら……と、それは杞憂だった。
周りがやけに静かだと思ったら、いつのまにか、仲間は俺達からかなり後れを取っている。10メートル以上後ろをちんたら走っていた。工藤らは兄貴と距離を取りつつ、つまり俺を見捨てて、すごすごと引き下がったのか。
こういう時だけ空気読むのが上手いぢゃないか。クソ鈍感め!
「俺様が何を言いたいか、ヒロちゃんに分かる?」
「さ、さぁ」
「さっさと次を探せって事」
「あの、妹さんとは何でもありませんから。もう何度も言ってますけど」
「ばーか。走りながら余計な事考えてんじゃねーよ。部活に集中しろ」
「それは……」
そうなんだけど。
いやだって、あんたが余計な事を言うから。
それは飲み込んで、とりあえず「はい」と前を向く。
「ヒロちゃんって、乳首何色?」
「は?」
またすぐに余計な事に話題は飛んだ。今度はセクハラか。
「知りませんよ」
「いいから、おせーて♪」と、馴れ馴れしく俺の右腕に絡む。
「ちょ、止めて下さいって」
兄貴は空いた手で、こっちの尻を妖しく撫でまわした。
「カズミのおっぱいは、これ位はあったかにゃあ~」と嘘吹いてやがる。
んな訳ねーだろ。質量を言うなら、俺のケツが上だ。間違いない。
「あいつは男の理想は高いぞぉ。あちこち薄っぺらい自分を棚に上げてさ」
(まったくだ)「いや、ほんと無関係なんで」
集中力が削がれる削がれる……これはどういう作戦なのか。
単なる嫌がらせか。うろたえる俺を眺めて、けけけ♪と笑う姿を見ていると、これまたよく似ている。この世を呪いたくなる。
体育館に戻る手前、兄貴は「またね~。アイスぅ~」と売店に飛んで行った。
「何だよ。やっぱ右川とそういう事になってんのかよ」
黒川が擦れ違い様に、脇腹を小突いた。「無ぇよ。ある訳無いだろ」
何を言っても、「素直になれよぉ。議長」と、やけに突いてくれるが、こっちは何を語るつもりもない。黙ってとっとと行け。
俺が振られた辺り、兄貴は何も知らないらしい事は分かった。(黒川も。)
いい加減な男だという誤解は消えたように思えるけど……こう何度も嫌がらせが続くと、まだ納得していない?と、疑いながら曖昧に笑うしかない。
体育館で練習が始まった。
バスケ部が遠征で居ない今、特に今日1日は、バレー部の占領である。
誤解があるようなので言っておくが、俺はエースでもなんでもない。
そんな話で陰謀に無理矢理乗せられたこともあったが、事実はちがう。
エースは、文字通りキャプテン工藤である。
俺は補助、第2に過ぎない。いや、第3かも。
大体、生徒会をやって練習に出れない日もあるような人間が、エースになれる訳がない。レギュラーに入れただけでも万々歳である。
(黒川は実力でレギュラーから外れている。当然だ。)
今年は3年のエース工藤を中心に、2年の石原が実力をめきめきと上げている事から、この2人を中心としたフォーメーションになると考えられている。
「ジャンプ力あるし、球も速いし、すごいよな。石原のヤツ」
キャプテン工藤に向かってそれを言うと、
「それはオレじゃなくて、石原に直接言ってやれよって」
それもそうだけど。
男同士は相手をほめるような言葉を簡単には言えない所がある。
妬みとか、そんな事ではなくて、言葉で言うより、違う形でもっと応援してやりたいと思うからだ。(カッコ付け過ぎ?)
よく女子がお互いを、可愛い♪と言い合ってるが、それが1番信じられない。本心でそこまで強く思ってないから、腹減ったな~と同レベルで、サラッと軽く言えるんじゃないか。
「石原のヤツ、沢村を愛してんだぜー……ハァハァ」
「はあ?」
冗談とはいえ、よくもそんな事。照れも無く、悶えてまで。
聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
石原の名誉のために言っとくが、石原にそんな変な趣味は無い。
ただ単に俺を慕ってくれているという事だろう。浅枝と同じレベルで可愛い後輩ということになる。
実力もあって真面目で、明るくて、いいキャラしてる。
試合でも、さぞ活躍するだろう。
コートに全員集合した所でキャプテンから、石原を今度の予選大会の中心スパイカーで出したいという申し出がなされた。おお!と声が上がる。
出られない3年生の代わりに、実力のある2年生を……と言う事情も否定はしない。石原に関しては、ほとんどが納得した声ばかりだった。
見てりゃ分かるし。
石原はキャプテン工藤のお墨付きもあり、これで名実ともに2年生でエースである。本人も嬉しそうだ。
1人、論外がいた。
「いい気になるなよ。いつかの誰かみたいに」
黒川である。俺の事を当てこすったか。(いい気になった覚えは無い。)
「みんな、ちゃんと練習しろよ。レギュラー外されるぞ。誰かみたいに」
冷戦状態は、相変わらず。
いつものように、黒川とユル~く、敵意を交換する。
「ムダに熱いゼ~♪」と歌いながら、黒川はコートの外に出た。
それを合図に(?)、試合同然の形式で練習が始まる。前衛に石原、ノリの代わりにセッターの2年生、そして俺。汗と共に、順調に練習は流れた。
そこへ、
「ちょっと遊ばせてくれやー」
右川の兄貴が、また。
強引に相手側コートに入った。
「ゴミは向こう行け!」と、まず黒川を選んで追い出すと(それはウケた)、ボールを取り上げ、フォーメーションを乱して連打する。
打ち方なんかは滅茶苦茶。でもアタックは意外と強烈だ。
レシーブは、危ういながらも1つも落とさずに拾う。
返すのに1人で5回以上かかっているが、当然ながらそれに文句を言うヤツは誰もいない。練習にならない訳でもないから黙っているけど、いつまで遊ぶつもりなのか。
そのうち、
「キャプテン、上げて!」
工藤はトスの下僕となり下がった。他の後輩部員も兄貴に指図されて、強引に10人くらいが兄貴側のコートに入る形となる。ルールもへったくれも無い。
そのうち兄貴はどこからかイスを持ち出した。
今度はネット上からボールを降らせて……いわゆる、シゴキ。アタックを叩きつける。それがもう……強い!早い!多い!
後衛は振り回される。それをカバーに走るセッターは、巻き込まれて満足なトスが上げられない。当然、アタックは決まらず、攻撃パターンの練習にもならない。
どこまで黙ってればいいのか。
「ちょっと!」と抗議しようとすると、それを阻止するが如く、今度は俺に向かって集中攻撃が始まった。
次から次へとボールが襲ってきて、手で遮るのがやっとだ。
これは、しごきというより嫌がらせじゃないか。
そうやって、他の部員は普通にしごき、俺には嫌がらせ、という2段構えに使い分けられての練習となった。これを練習と呼べるなら。
そろそろ飽きたのか疲れたのか、兄貴のボールが一瞬だけ止まる。
すると、
「全然できてねぇよ。外へ出ろ。おまえはいらない」
エースだと言われたばかりの石原を差した。
次は黒川を指さして、「そこのマネージャー!水汲んでこい!」
うっかりウケた。しかし、石原は冗談にならない。
「すみません、もうそろそろ止めてもらえますか」
意を決して。
できるだけ穏やかに。
お願いしたつもり。
「そうだな。叩くの止めろ。沢村は今日からセッターやれ」
「え……」
「1年。こいつの練習相手になって下さいまぺぇ。お願いしまぷぅ」
「え、あの」
「お前は、さっきみたいに、ちんたらトス上げてりゃいいんだよ。それぐらいやれんだろ」
兄貴は自由自在、コロコロと態度を変えた。
白状しよう。セッターをやれと言った兄貴の顔が、議長をやれと言った右川の顔に重なったような。さすが兄妹。
いや、落ち付け。単なる嫌がらせなんだから。
ともかくこれ以上引っ掻き回されるのは我慢できないと、
「練習になりませんから。もう出てください。お願いします」
「おらぁ、石原とかいうの、早く行けよ!」
ムッときた。
「行かなくていい」
間に挟まれた石原が、その場で固まる。
周囲が息を飲むのが分かった。
みんなの前で堂々と、あからさまに対峙。
今までの嫌がらせの恨みも手伝っていたかもしれない。
「あーカズミだけどぱぁ~」
「関係ありません」
体育館は恐ろしく静かだった。不気味な沈黙。
先に口を開いたのは兄貴で。
「おまえの速攻あれ何だ?寝ボケてんのか。オンナの事ばっか考えてっから球が遊んでんだよ。そこの青白い童貞と、さっさとやれよ!」
またボールを投げつけられた。
倒れなかった。だが、あまりの怒りで眩暈がする。
今も昔も、こういう強引な先輩は苦手だ。俺たち後輩が何も言えないのをいいことに言いたい放題で。右川の兄貴は、その最たるモノで。
いつまでも、こんな旧態依然とした鍛え方が罷り通ると思っている。
「行けよ、早く!」
急かされて、というかド突かれて、石原は慌てて体育館を出て行った。
俺も一旦は兄貴のそれに従う振り、言われるがまま、1年生を相手に淡々とパス練習を繰り返す。それでその日は暮れた。「明日また来るぽぉ~」と、兄貴は笑って……終わった。
その夜の事だ。
石原がどうにも気になる。
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