God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」

生け贄祭り

合宿の2日目。
地獄の始まりだった。
右川の兄貴が、「表敬訪問でやんす」とばかりに、バレー部にやってきた。
不適な笑みを浮かべて、俺にスリ寄ってきたかと思うと、突然、至近距離からボールをぶつける。俺は隣の部員に掴まり、もろとも倒れた。
兄貴は、「痛い?」と一見、気遣うふりだが、その目は笑っている。
まさか、ワザとなのか。そこまで悪意をぶつけられる心当たりは無い。
まさか、未だ誤解があるとか。
そして、休憩時間になった。
いつものように水飲み場で集まっていると、これまた兄貴が、ニコニコとやってくる。何だ?と思った時には遅かった。
「ゲリラ豪雨だーーーっ!」
いきなり水をブッかけられた。
周りにいた部員までもがザブザブと巻き添えになる。
兄貴は「寒い?」と気遣う振りそのまま、やっぱり目は笑っているのだ。
兄貴は、その手に掴む物を、ことごとく投げつけた。誰かのタオル。脱いだ靴。バスケットボールも、バドミントンのシャトルも。体操部のリボンさえ。
どの部活に於いても迷惑この上ないが、兄貴がOBという事もあってか、周囲は無抵抗。ただ呆気にとられて見ているしかない。
そして、お昼。
合宿中は、学食で部員同士がメシを食う。
そこへ、ドカッと兄貴が俺の目の前に居座る。当たり前のように。
周囲はもう十分に学習していた。巻き込まれたくないと静かに遠ざかる。
そして誰も居なくなった。
兄貴は、座ったと同時に、俺の分を当たり前のようにつまんで、
「ヒロちゃんてさ、豆嫌いなんだね」
……また出た。
ヒロちゃん。
何度も言うが、俺は〝ヒロシ〟じゃない。
親父と違って、兄貴の方はもしかしたら名前を漢字だけで見て勘違いしてるかもしれないと思った。
確かに豆類、あえて選んで食べる事は無いかもしれない。
そんな事を考えて黙っていると、「ヒロちゃんて、肉嫌いなの?」と、今度はやけに穏やかに訊ねられた。「好きですよ、肉は」と口に運ぼうとすると、兄貴が電光石火の如く、それを横からさらっていく。
大人気なくなくなくなくなくないか?
妹との事を知ってか知らずか、何か当てつけでやっているとしか思えない。
俺は何とか耐えた。
大人気ない嫌がらせにいちいち怒るのも、大人気ないレールに乗っかるようで悔しい。こんな人でも東大に行けるんだったら俺だって!と、微かな自信に気を紛らわせて乗り切ろうと決める。
バスケ部は、明日からの大会、遠征試合を前にOBを巻き込んで、壮行会さながらの応援演説を行う。ステージ部分を貸し切って、部員が横並び、優勝旗を翻して「このような会を開いてくださり」等々、誇らしげな演説を聞きたくも無いのに聞かされるのだ。
永田キャプテンの大演説。
レギュラー陣と、他の部員とのエール交換。
OBからの、激励。
〝バスケ部は、我が校の誇り。双浜と言えば、バスケ〟
〝名誉こそ、勲章〟
お金じゃないと、いつもなら吹奏楽部を当てこすって嫌味を振りまくのだが、今回は違った。
バスケットボールを器用に操りながら、壇上に降り立った兄貴は、
「何処とは言わないが、ロクな結果も出せないクセに、やたら人数多いだけのヤツらがいる。あいつらは単なる祭りだ。つまりヤンキーだ。相手にすんな。時間が勿体ない。いいか、お前らは、おもちゃの球なんかで満足するな!」
ロングシュートさながら、バレーコートに球を放り込んだ。
まるで爆弾を避けるように、俺達は転がるバスケットボールを目で追う。
結果が出ない。
人数だけは多い。
祭りで集まるヤンキーと同じ。
バスケ部の武闘派がバレーボールを蹴っ飛ばすとか、ぞんざいに扱うその動因は、まさにここにあると感じた。曰く、バスケットボールより小さい球を扱う部活をコケにしている。
兄貴は不敵な笑みを浮かべた。ざまぁみろ、と聞こえたような。
バレー部を生け贄につまみ上げて、優越感に浸っているとしか見えない。
近付けば、大火傷。
何を言われても、俺達は敢えて、見ない・聞こえない振りを装った。
演説中、練習に没頭すると見せて、キャプテン工藤は、「声が小さい!」と部員に発破を掛けて、その場を凌ぐ。
だが、兄貴は嫌がらせを止めなかった。
練習中、バスケットボールが次から次へと、コートに飛び込んでくる。
「ヒロちゃんの背中!」「頭!」「アソコ!」
どんなに遠くても兄貴の狙いは外れない。ムカつくを通り越して感心する。
「倒れるときは教せーて。乗っかるから~」
猫なで声、俺の背中に張り付くと、「いやっほう!」と股間をすりつけた。
……これ、何?
生け贄祭りは、その日、1日中続いた。
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