God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」

劇的な和解

練習終わって、くたくたの夜8時。
ミーティングは、激励という名のダメ出しだ。
「おまえら何遊んでんだよ。球拾いだろ。走れよ。遅っせーよ」
1年生が、雑用に明け暮れた黒川からダメ出しを喰らっている。
理不尽が過ぎる。
「だって先輩、あの人がハンドボールやろうって言うから」
その言い訳の大半は、兄貴の迷惑行為であった。
「急にサッカー部を呼んでこいとか言われて。今日は試合で居ません、って言ったら、電話しろとか無理いうし」
「明日はキックベースボールやるらしいっす」
「明日も来んの?」と、俺は思わず口を挟んだ。
「そういう言い方でしたよ」
「キックベースか。懐かすぃー」「ドッジボールとか、全然やらないよな。いつ頃からだろ」「オレ、昔しつこく狙いすぎて近所の姉ちゃん泣かせた事ある」「おまえ成長しねーな」
1時間近く、小学生あるあるで湧く。
そこへ、冷蔵庫のアイスを狙ってやって来た女子バレー部が絡んだ。
お決まりの「どっか行かない?」に始まり、最近彼氏がウザいとか、ナンパされた男がしつこいとか、女子の上から目線あるあるが続く。
「そういや、あそこの花火大会って、いつだっけ?」
「8月の第1週とかじゃなかった?土日で」
「今年も行く?そんなら待ち合わせしない?」
夏祭り。
海。
〝最後の思い出に〟
〝何かの記念に〟
女子の溜め息を聞きながら、俺達男子もこの夏のこれからに思いを馳せる。
受験生だからって……誰もが、夏を諦められない。
俺はすっかり映画から遠ざかって……これからの話題作を、一体いくつ見送ればいいのか。
9時を回る。
すっかり真っ暗な中、俺は1人外に出た。
真夜中の校舎は、昼間の熱気を含んで吐き出せないまま、今も溜め込んでいる。水場で蛇口をひねったら、水が思いの外熱くて、ほぼほぼ火傷の勢い。
この夏の暑さは、常識を疑う。
スマホを覗いた。
右川からは、やっぱり何の着信もメールも無い。
気持ち悪い。
気になって仕方ない。
ある意味、これも極上の嫌がらせのような気がする。
一体どういう気でいるんだろう。
不意に後ろから声を掛けられて見ると、桂木がいた。こんな時間まで。
「塾の帰りなんだけど。ちょっと来てみた」
体育館では卓球部がバスケットボールで遊んでた、と桂木は苦笑い。
ハイ、と飴を渡される。今は何だか懐かしい。
女子バスケは予選を敗退。桂木は塾を理由に、男子の応援には付き合わなかったと言う。
「右川の事、聞いてる?」
桂木の口からその名前が自然に出ると、妙に新鮮に聞こえた。
「あの子、バイト辞めさせられそうなんだってさ」
「え?」
「お金が居るとかでバイト始めたみたいなんだけど、受験生がバイトするな、だったらそのお金を出す出さないで家族とモメたらしくてさ。お金出してやるって言ってるのが親で、バイトするから出さなくていいって言ってるのが右川で。親は、だったらバイト辞めろみたいな」
右川がどうというより、桂木の笑顔を見ていると安心する。
きっと、もう立ち直っている……。
「昨日、右川んちに電話したんだけど、あのお兄さんに結構シボられてるみたいだよ」
そういうことか。
つまり学校では俺が、家では右川が嫌がらせを受けている。
だーかーらー、あいつとは何でも無いって言ってんのに!とかって、俺と同じ事言ってるんだろうな。
「右川と、ちゃんと話した?」
「もう全然。そういう状況じゃないよ」
実は振られた、と白状した。
「え……」と驚いたその顔は、ザマ見ろ、という表情ではない。
桂木は、そういうヤツではない。
「そっか。それは残念だな。もったいないなー、右川のヤツ」
なんていいヤツなんだろう。俺の方こそ、もったいない事をしたような。
「あの兄貴、いつまでこっちに居る気かな」
「かなり……結構、居るみたい」
「ウソだろ」
「ほら、大学って休みとかも長いじゃん」
誰も逆らえないから仕方ないよね、と桂木も項垂れた。
兄貴にとってバスケ部はお膝元。バレー部どころじゃなく、相当ヤラかしているだろう。……同情する。
お互い、何も声に出さないまま、しばらく沈黙が流れた。
不意に、ハイ!と桂木から、また飴を渡される。また口に放り込んだ。
「何か、元気そうで安心したよ」って、桂木が笑うので、
「それは、こっちの台詞だよ」と、俺も笑う。
「なーんか悔しいな。さっきから右川と右川先輩の話ばっかりだし」
久しぶりにこうして2人で居て、それなのにさっそく右川の会をやってしまったという訳だ。
「マジで、ブッ飛ばせばよかったなー。あん時」
「いいよ。今でも」
色々あったけど。
こうして自然に話せるのは、桂木の優しさとか大きさとか、俺からはどうすることもできない領域に自分から踏み込んできてくれるその勇気のお陰だ。
劇的な和解の瞬間だと思った。
俺は。
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