God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」

俺は貴様の娘に粉々にされたんだぞ!

1つまた1つ、試練は畳み掛けるように俺を襲う。
合宿5日目。まだ途中だというのに、家に帰ってきたには訳がある。
右川の父親が、親に会いに……何故か、俺にも会いたいと家にやって来るというのだ。
母親から呼び出され、家に戻ってきた所、既にその父親が来ていて、遅くなった訳でも何でもないが、「遅くなってすみません」一応、お詫びする。
改めて見ると……兄貴と似ているな。
午後3時。
このクソ暑い中、親父はスーツ姿。ジャケットまで羽織って。
やけに改まって見える事から、嫌な予感をヒシヒシと感じた。
何だか得体の知れない、嫌な予感だ。
そこへ弟の恭士が賑々しく帰ってくる。
「うんちわ!」
的外れの明るい声で、右川の親父に挨拶したかと思えば、「かちゃん!新しいスマホ買ってくれよ!」と、さっそく金の無心が始まる。
右川の親父は、恭士の姿を怪訝そうに眺めた。
恭士の頭は寝癖ではない。だがその髪の毛は積極的に撥ねている。スクールバッグは落書きだらけ。ズボンも、ほぼズリ落ち。
恭士に遭遇した大人の視線は、大体決まって同じだ。〝顰蹙〟
「今のがまだ使えるんだから、さっさと部屋に行って勉強しなさい」
「前後のブンミャクが著しくハタン。つーか、ここに勉強カンケーねぇだろがよぉ」
正論だ。
この場合、勉強にかこつけて恭士を部屋に追っ払いたかっただけ。
「これは快活な坊ちゃんだ」
どうみても正反対な兄弟に、お兄ちゃんとは偉い違いだけど本当に兄弟かな?と、父親は疑っている。いえいえ、そちらこそ。右川と、あの妹も然り。
そこで母親がお茶を出した。
「こちらのおかあさまですか?」と、父親は棚の上の写真を見やる。
「主人の母ですよ。8年前に亡くなりましてね。お宅様は?」
「オヤジはもういませんがおふくろは老人ホームにいます」
「まだしっかりしてらっしゃるの」
「75です。ちょっと病気がちで」
いつだったか、右川亭で食事を共にして以来の再会。2人はお互いの年頃にある共通の境遇を考えたのか、距離もまた少し近づいたようで。
お茶を何度か口に含んで、「急にこんな事悪いんだけど」と、父親はおもむろに本題へ。
「君は、カズミとはどういう……お付き合いなのかな」
いきなり直球。
言ってる事は、兄貴と一緒か。
溜め息をつく。親父は、優しげな態度ではありながらも、「うちの娘とはどういう?」のくだりはしっかり聞いておきたいと、歴然とした態度でのぞんでいる。
母親は一段と目を見開いて、俺の返事を待ち構えていた。
「付き合いなんて無いです。クラスメート。生徒会。友達っていうか」
実際、もう友達でも何でもない。真っ白。
「あの」と母親が口を挟んだ。「うちのお兄ちゃんは、こないだの話じゃ他のお嬢さんと……その、色々あったみたいなんですけどね」
色々あった?
母親がどこまで知っているというのか。
母親のそれは余計な事ではあるが、ここでは少々助かったと言えるので聞き流した。
「まぁ、うちのカズミも、最近までそういうのは無いと。これは分かってるんですが」
とはいっても父親が子供の事、それも年頃の女の子の事をどこまでご存じなの?と母親は疑う目だ。だが、父親のそれが事実だと、俺も知っている。
右川は山下さんに一途だった。他の男子なんか、ゴミ以下も同然で。
「実は最近、高校を卒業したらアパートを借りたいとか言い出しまして。うちのバカ娘が」
アパート。
独り暮らしって事か。
そんな野望があったとは、それは聞いた事が無かった。あいつの発想はいつも突然過ぎる。桂木から聞いた話を思い出した。それで金が要る。それでバイト。それで合点がいく。
「それは、うちの息子と何か関係が?」
って、何言ってんだウチの親は。
「それを聞きたくて来られた、と?」
「いえいえ、それだけではなくて、ですね」
親父は恐縮する振りで話を続ける。
「実は娘の進路のことで、こないだ息子さんにお世話になりました。これつまらないものですが。ゴハン時だったこともあって、遅くまでうちにお引止めしちゃって。みんな酔っ払って送る事もできなかったもんだから。遠くまできてもらって申し訳ない」
それで来ました……そういう建て前らしい。
タクシー代は……気付いていないらしかった。
あれだけ御馳走になり、つまらないものだと言われて、目の前、何やら高そうなフルーツなんぞ貰ってしまったら、タクシー代云々、俺はもう言葉を無くしてしまう。母親も満面の笑みで高級マンゴーを受け取る。
それに気を良くしたのか、いきなり饒舌になった。
「あぁー、こないだの遅かった日ね。確か夜中の1時?2時頃?……帰ってきたかしらね。いつものように友達んとこに行ってるのかと思ってたけど。そんな遅くまでご迷惑かけて。この子、全然何も言わないんですよ。困るわね、ほんと」
母親は調子づいて、「女の子の世話なんかしてる場合なの?」と詰め寄る。
「そんな余裕があるんなら、こちらの息子さんみたいに東大ぐらい受けなきゃでしょう」と、さらに調子に乗った。
国立受けろと言ったと思ったら、その舌の根も乾かないうちに、今度は東大受けろと迫る。親の欲望は限りない。
俺は無視を決め込んで、麦茶をガブ飲みした。
右川の親父はニコニコと頷いて、「夜中の2時ですか」と、何故かそこだけ繰り返す。
嫌な予感。
すぐに的中!
「君は、うちを10時には出たはずなのに、午前様とは。あの日そんな遅くまで何してたの」
刑事よろしくアリバイを追及されている。
「何って……」
「カズミもね、あの後、なかなか帰ってこなかった。遅い!って怒鳴りつけたら、そしたら家を出て独り暮らしするとか言い出して」
事の成り行き。親に怒られて、売り言葉に買い言葉か。
「変だと思ったんだよ。どういう話になったの?まさか、君も一緒に住む気なのかな」
文字通り、仰天した。
「そんな!違います。俺は知りません」
「住むまで行かなくても、通うとか」
「通うって。だー……だから、そういう仲とは違うんです」
「実は、この所、カズミが家に帰って来なくてね。何か聞いてないかな」
帰らないって。
それも青天の霹靂だった。息苦しいを通り越して、胸焼けがする。一体、何処をフラフラしているのか。幼児と間違われて誘拐されたらどうすんだ。
「まさか、今まで君が一緒だった?」
ギョッとした。
「一緒な訳ないでしょう!」
「お兄ちゃん、あなた合宿中に何やってるの」と、母親までもが俺を疑い始める。
「合宿ですかぁ。なるほどね」と親父が唸れば、「若い子は巧妙だから。そういうのが隠れ蓑になっちゃうのかしら」と、母親の嘆きを合図に、2人の視線が突き刺さる。
「違うって!」
母親には正真正銘の合宿だと強調した。(ノリじゃあるまいし。)
「右川が外泊って、それも知りませんでした。俺は関係ありませんから」
右川の父は終始ニコニコと、しかし目の奥には笑えない迫力を感じる。
こういう所が、兄貴と似ている。
「受験も何も、ずいぶん娘に期待してくれて。君がカズミに何を期待してるか知らないが」
何か見返りがあっての事と思い込んでいるのか。
娘を心配……そんな次元にないとは嫌でも分かった。
〝君って、そういう男?〟
そう言った兄貴と同じ、俺を悪い虫と疑う目だ。
「うちのお兄ちゃんは、そういうのとは違うと思うんですが」と、ここにきて親心に目覚めたらしい。せめてもの対抗心、母親はまだ麦茶が残るグラスをさっさと片付けた。
こうなってくると、お家対決にまで発展しそうな予感がする。
自然と怒りが湧いた。
受験だって世話して、生徒会だってフォローして、何もかも全部してやって……ここまで来ると、空で言えそうなほど頭に浮かぶ。何度でも言ってやる。
俺は貴様の娘に粉々にされたんだぞ!
兄貴とか父親とか、右川本人にも、何で俺は、右川一族にここまで振り回されなきゃならないのか。
俺は覚悟を決めて立ち上がった。
急に大きな壁が現れた事に驚いてか、親父が目を見張る。
「俺は……あの日、右川にコクって振られました」
「おや」と、親父は大きく目を見開く。
「それで、ボーッとしてたら、真夜中です。遅くなりました」
「あら」と、母は口元に手を当てる。目の奥では笑っている。
「俺は振られたんです。だから、もういいですよね」 
それだけ言うと、2人の好奇な目線を振り切って出口に向かった。
「わお!兄貴ッ、フラれちゃったんすかッ!かっけー!」と、恭士の嬌声を背中で聞く。
玄関のドアを力任せに閉めたら、思った以上に大きな音がして、古い団地も微妙に揺れた。
どっちの親も呆気にとられているだろう。
どうでもいいと半ばヤケクソだ。
< 26 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop