God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」

両手をじっと見る。

合宿6日目。
合宿は今日で終わりを迎える。
「今夜は花火大会なんですよっ」と陸上部の3年女子マネージャーが大荷物、買い物から戻って来た所を鉢合わせた。
陸上部の合宿は明日まで。つまり今夜が最終の夜だ。
「これが本当の〝打ち上げ〟花火か」
「もう、それ今あたしが言おうとしたのにぃぃぃ~」
ブーイングと共に、水を浴びせられた。
今日も暑い。水は、浴びた側から蒸発する。
バレー部の最後の夜は、夕べのこと。今後のスケジュールや課題など、ミーティングに終始した。(花火。女子マネ。ある訳ないだろ、そんなもん。)
陸上部長から課せられた走り込みを終えて、今日、石原は戻ってきた。
真っ黒に日焼けして、ちょっと痩せた気もする。見ていて切ない。
やっぱり兄貴は出てきて……今は、体操部の女子に囲まれて談笑中だ。
今日は、永田さんも松下さんも居た。バスケ部が遠征中で、暇を持て余している。目が合った(と思った)ので、こちらも会釈を返す。
それを、兄貴はどう誤解したのか、ていうか、自分が挨拶されたと勘違いしたとみるのが妥当だろう。「ういっす」と、バレー部にやって来た。
ウソだろ。
呼んでねーよ。
オーマイガッ。
石原が戻ってきた事に、兄貴は一言も言及しなかった。「さっさとやれよ」と、ぶっきらぼうに命令されて、今は取りあえず言われるままコートに入る。
石原には何本か打たせてみる。しばらく静かに眺めていた兄貴だったが、「やっぱり石原はいらないねー」と笑った。
コートの端に下がれと命令された石原は……。
俺はもう限界だ。黙って居られない。
俯いて出て行こうとした石原のユニフォームを掴んで、俺は引き止めた。
「聞かなくていい」
昨日の余波も手伝っていたかもしれない。やさぐれている。
「あー沢村は左手が弱いな。片腕立て伏せ。石原と仲良くやってこいよ」
「いいかげんにしてくれよ」
「おう、やるか?」
落ち着き払った挑発的な態度。兄貴は勝てると自信満々だ。
確かに強そう。
一発くらう、そんな覚悟で一歩進んだものの……永田さん達が見ているし……迷いがそこら中を漂った。
「やれよ。ホラ」
左肩を、兄貴にド突かれた。
「出来もしない癖に、ムダな挑発こくな。そんな中途半端だから、カズミに振られんだよ」
さっそく親父から聞いたのか。筒抜けか。
腐っても先輩。何を言われても、どうにも自分から手は出せないことは分かっている。それは兄貴も承知の上だろう。挑発はするけれど、一向に自分から手は出してこない。
このまま引き下がる?
頭を下げる?
決心がつかないまま時間だけが流れた。
「逆らった罰だ。あそこでやれ」
兄貴は、ステージ上を指した。
俺の髪の毛を乱暴に鷲づかみ、振り回して、床に投げ倒す。
いくら何でも、乱暴が過ぎる。これほど屈辱的な事なんか、今まであったか!?
転がされて、しばらく呆然としていると、「早く行けよ!」と、ボールをぶつけられた。
グッタリと立ち上がる。
怒りのままステージへ向かう。
石原も、怯えながら俺の後に続いた。
永田さんたちを始めとするOB、練習している体操部、卓球部、偶然通り掛かったヤツら、みんなが見ている。ちょうどステージ舞台袖にいた松倉の妹が、同じようにこちらを見て呆然としている。
今までの兄貴の色々。
右川の親父の色々。
当然、あのチビの色々。
何もかも、屈辱だ。それを頭に思い浮かべながら、グラグラする左手の痛みを味わいつつ、怒りのままに腕立て伏せを続けた。
震えているのは怒りのためか。鍛えられていない左腕の筋肉のせいなのか。
汗が、猛烈に吹き出す。
合宿は今日で終わり。
終わる……それだけを祈るのみだ。



5泊6日の合宿を終えて、今日から通常の夏休みが始まる。
予選大会まであと幾日に迫った。
女子バレー部の顔色が悪い。どうしたのかと訊ねると、
「レギュラーが骨折しちゃって。2人も」
「うわ。マジか」
「倒れるなら熱中症にしてくれよって。それなら試合は出れるっしょ」
血も情けも無いと感じるのは気のせいか。
男子バレー部。今日はノリが出てきている。彼女とどこまで行ったのか知らないが、肌が日に焼けて……海か?海か?海なのか?「おごれ。許さん。おごれ」俺は言い続けた。
今日は幾分、気分が軽い。
地獄の合宿が終わった。
そして、連日でやってきた兄貴が、今日は来ていない。
目に見えてホッとする。
結局、勝手やりたい放題でトンズラか。
思えば、右川にも似たような、いい加減さがある。しかし、俺が右川に対してここまで怒る事なんて……あった。あったな、確か。何度も、何度も。
昨日まで、連日終日の片手腕立て伏せで、左手は筋肉痛が激しい。
よく壊れなかったと思う。
今日は石原にアタックを打たせていた。
「いいんですか、僕」
「あの人居ないんだから、いいだろ」
「ていうか、僕みたいなのがレギュラーに残っても、どうなのかなって」
「平気だよ。当たり前だろ。気にすんなって」
練習に戻ろう……石原の背中を叩いた。
俺だって、もうトスを上げなくてもいいのかもしれない。だが石原を見てやらないと、放っておいたら何処までも落ち込んでいくようで、そのままに出来ない気がした。
そこへ、ボールを指先で器用に操りながら、ノリがやって来る。
「洋士って、パスが流れなくなったね。いつの間にか」
何の事かと訊ねると、
「今までずっと左側に流れてたよ。たぶん右手が強いんだなって思ってた。だからこっち向きでトスを上げると、ボールがネットから遠くなる。反対に向いたらネットぎりぎり」
両手をじっと見る。
……そうだった?
「スパイカー専門だぽー♪」
え?
いつのまにか後ろに兄貴がいて、アクエリアスを、ラッパ飲みしている。
飛び上がらんばかりに驚いた。こいつは音もなく忍び寄るのか!
「右ばっかり鍛えて。だから自動的にそうなる。バランス悪ぃんだよ」
「右手……」
確かに、打つときは右手だ。左ではない。
兄貴は俺の右手を乱暴に掴んで、
「この右手。毎晩、誰をオカズに何やってんだ?」
このスケベ野郎!と蹴りを食らって、俺は倒れた。
そのアクエリアスって、俺の!……いや、そうじゃなくて。
右手をじっと見る。左手も。それが左腕立てを課した、理由なのか。
筋肉痛は、まだ収りそうもない。左腕を何気なくほぐしていると、「ごくろーごくろー」と、おもむろに兄貴は俺の尻を撫で始めた。けけけ♪と笑う。
(これはどういう訓練で、理由は何だ?)
すると石原は何だろう。
俺は無言でコートに戻った。石原に何本か、打たせてみる。
側にいる兄貴がそれについて何も言わないので、そのまま続けた。
石原は3日間ダッシュ。とにかく走らされた。……走るのか。
石原は誰よりもジャンプ力がある。背だって高い方だ。だから走り回って打つ事はあまりない。助走がそんなに無くても、十分に届くから。
遠慮がちな石原を見ていて、ちょっと浮かんできた。
違うかもしれないけれど。
「石原。おまえ、もうちょっと後ろから走って……打ってみない?」
石原は、ポカンとした。
「助走を、もっと長くとって全速力で。勢いつけてさ。俺がロングパス並みに出すから、タイミング合わせよう」
兄貴は無表情。何も言わなかった。
ビンゴ?
兄貴の顔色を窺ってもしょうがないと、そのままにやってみる。
何本か打ってみた。
何かが違うなーと思っていた時、突然、兄貴が俺の横で大声を張り上げる。
「もっと外から走って来いよ!まだ!もっと!」
石原は言われるまま、サイドラインからどんどん外れて遠くなった。
良かったのかな?合ってた?
チラと兄貴を見たら目が合った。
兄貴は手に持っていた(俺の)アクエリアスを1口飲んで、と思ったらそれを口からイッキにブチ撒ける。俺は、その飛沫を浴びた。
「よそ見すんじゃねーよ!カズミは居ねぇワ!」
……トスを続けます。
アタックの助走に、ここまで遠いのは初めてだ。石原は、何とかボールに間に合わせようと全速力でやってくる。失敗の度にネットに飛び込んで、何度も絡まった。パスに追い付こうとして、その勢いが増す。それにタイミングを合わせて上手く上げてやるのが、こんなに難しいとは……ノリは凄いな。
「おまえのトスが無駄に高いんだよ!」
ガツン!と頭を叩かれて、さっき浴びた飛沫が星になって飛んだ。
悔しさと期待が複雑に入り乱れる。
その時、一瞬のタイミングが合った。
ささやかに喜んだのも束の間、今までに聞いた事もないような音をたてて石原のスパイクが炸裂。
地面にバウンドしたボールは、跳ね返って黒川に激突した。
黒川が悲鳴をあげて、その場にうずくまる。
まるで魔球だった。
みんな、驚いている。
石原本人が1番驚いていた。

「おまえ、すごいぞ」

< 28 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop