God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」

「名前?……よしこだけど」

三者面談は、主に志望校と、この夏の過ごし方が問われる。
志望校は推薦で修道院大学に決めているし、塾に夏期講習も申し込んである。
オープンキャンパスも予約済み。
万全の予習体制で挑んだ。
その筈だった。
「先生、それなんですけど。指定校推薦で受けたらその大学にどうしても行かないといけませんよね。それなら一般で滑り止めにして、別の大学も受けてみるという可能性もありませんか。今の状況なら、何処だって生徒が欲しい訳でしょう?難しい所も、案外容易く行けませんでしょうか」
何を言い出すんだ。
「何か具体的に、考えている所がおありですか」
吉森先生が身を乗り出すと、
「何て言うか、もっとこう……レベルの高い所を1つぐらいは」
都内有数の有名大学を列挙した。
右川の東大兄貴に触発されたのか。
息子の意志とは違う所で、勝手に話が弾む。
「俺はそんな無駄な事はしないんだって」
いつもより幾分やさぐれた俺の物言いに、物珍しさと好奇心が入り混じった表情で、先生は微笑む。頷いて見せる。確かに、さっきの桂木の事も手伝ってなのか、正直、気持ちが荒れた。
吉森先生は穏やかに頷いて、
「可能性は無い事も無いかな。沢村くんは器用だから、何でも上手くやれるもんね」
機嫌取り、とは考えすぎか。
先生は俺側の味方に付いたと見せて、その態度をがらりと変える。
「将来の目標に、何かはっきりしたものがあると、話が早いと思うんです。必要な知識とか資格とか分かると、そうすると……この大学で。学部で。そのままでいいのかどうかを含めて、沢村くんの中で自然に変化も起こってくるんじゃないでしょうか」
母親は頷く。
「沢村くんは、決まれば早いと思います。後は、周りが何も言わなくても勝手に自分で努力する生徒さんなので、親御さんも含めてこちら側は何の心配も無いですね」
吉森先生が穏やかに微笑むと、母親はそれを受けて、大きく頷いた。
〝まだ時間はありますから、ご本人と相談なさって下さい〟
結果、何も決まらず、全てを丸投げ。
何て事だ。
……俺は、簡単に話が終わると思っていた。
勉強も部活もちゃんとやって、生徒会もやってるから内申も問題ない。
それで推薦もらって進学は確実と決まったら万歳で無罪放免。残された高校生活を思い出作りに満喫して……そんな甘い事を考えていたのだ。
今日は、頑なな親の見栄と意地を見た。
吉森先生の言った事も、もっともだとは思う。しかし今の時点で将来何になるかなんて考えられないし、特別どこの学部に思い入れがあるという訳でもなく、どこでもいいからとりあえず大学ぐらいは、と思っているにすぎない。
母親に、一緒にゴハンでも食べようと誘われたが、用があるからと断った。
当然だ。
この展開で、母親と一緒に街を歩いてメシを食う……本気でゾッとする。
桂木のことを根堀り葉掘り聞かれることも鬱陶しかった。
母親とツーショット……信じられない事だが、そういう2人組をあちこちで見掛ける。武闘派で通っている輩が母親と仲良く歩く姿には、思わず2度見。
親と歩くのが楽しいと言うヤツらが信じられない。
親と買い物。親と食事。この暑さと雨続きで、頭が腐ってるとしか。
俺は、まっすぐ帰るのも気が引けるとあちこち寄り道をして、そこら中を当てもなく彷徨った。厳しい事を言われたヤツはみんな俺のように帰宅難民になっているかもしれない。
向き合うべき課題から逃げている。自分で自分が情けない。
分かっているけど、何もかもが鬱陶しくて。
いつの間にか雨が止んでいた。
止んだばかりで、傘を開こうかどうしようかと迷う人を多く見掛ける。
霧のような細かい水飛沫が、そこらじゅうを、ふわふわと漂った。
俺は傘を持って無かったので、止んでよかった……また本屋に寄ろうか。コンビニか。今日は、町内の全店舗制覇を目指す勢いがあるぞ。
コンビニ前のアイス広告を2度見。何かが引っ掛かって3度見すると、そこで右川が一人、立ち読みをしている。あっちも俺を見つけたようだ。
読んでいた本を放り出し、慌ててコンビニを飛び出してくる。
何事か知らないが、「ちょっと!」と、鼻息荒い。
「どうなってんの?あんたの、かーちゃん。今、アキちゃんとこに来てるんだけど!」
わ……やられた。
迂闊だった。
1度聞いた事は掴んで離さない。
〝お世話になってるなんて、滅多に聞けないような珍しいこと言うから〟
ぢゃないか。
それがあまり普段から話さない息子の1言なら尚の事。
右川、曰く。
右川亭は、まるで〝緊急保護者懇談会〟であった、と。
右川の親父を挟んで阿木の母親、そして、「ご近所でも、この通りは来たこと無いわぁ」と物珍しそうに店内を眺める俺の母親が並んで、宴の始まり。
「右川さんとこ、キヨリと同じ中学で。同じクラスは確か初めてよね」
「そうっすね。いいから早くお茶とか出せよ」と、親父に言われて、右川は渋々従ったらしい。親同士、進路の色々は勿論の事、現代の若者事情が炸裂。
いつものように店の手伝い、キャベツか何かを刻んでいたら、「あら、上手」と母親連に覗きこまれ、それでも、あーだこーだとダメ出しされて、いたたまれなくなり、「アキちゃん、あたし、ちょっと出てくるね」と逃げ出した……絵に描いたような魑魅魍魎・地獄絵図である。
「あんたお金持ってる?」
唐突に聞かれて、コンビニの雑誌でも欲しいのかと思ったら、
「あたし、腹減ったよ」
「そうだな、俺も」
「どうせしばらく帰れないんだからさ。あそこのファミレス行かない?」
俺もどうせ帰れないんだし(帰りたくないんだし)、いいか……と思って右川と行くことにした。
ハンバーグが美味しいファミレス。
店はちょうどお昼時ということもあり、今日という日がまた暑くてさっきまで雨、という事もあり、食事と冷房を味わう客で席は程良く埋まっている。
程なくして、2人向き合う形の小さなテーブルに案内された。
右には暑さと仕事に疲れたサラリーマン1名がぐったり、左は子連れのママ3人組がテーブルを2つくっつけて雑談に沸くという、落ち着けるのか落ち着けないのかの空間に……落ち着くしかない。
いつものように買い物で大荷物。椅子や足元の隙間に、右川は慣れた手つきでそれを手際よく置いた。
勝手にボタンを押して、「本日のランチとドリンクバーを2人分で」
「うわ勝手に決めたよコイツ」と、口から出たものの、まぁ異存は無い。それなら払えるし。ていうか、俺はご飯大盛りで。
やってきたハンバーグ定食を、とりあえず食う。お互い、すごい勢いで10分もしないうちに平らげた。アイスコーヒーとかウーロン茶をじっくり味わう頃になると、次第に辺りを観察する余裕も出てくる。
午後1時。
そろそろ仕事だと(?)右のサラリーマンは立ち上がって店を出て行った。
左は、子供をつれたママ連が、まだまだ引きも切らずおしゃべりに興じている。時々、母親側の1人がチラチラとこちらを盗み見て……俺達は、どう見えているんだろう。
制服姿の高校生。デカいのとチビ。一言も喋らず、ひたすらメシを食らうその姿から、恥じらいもトキメキも通り越した長い付き合い……そんな気の置けない超・自然体高校生カップルだと誤解しているかもしれない。
先輩と後輩。いや、もう単純に砕けた友達同士。あるいは、年の離れた仲のいい兄妹とか。(ウケる。)
思えば右川とこうして向き合うのは、あの右川亭作戦会議以来の事だった。
プライベートな空間に2人きりの……あれを思えば、右川とこうして公で一緒にメシを食う事なんか、もう何でもないという気になる。
疑り深い周囲の好奇な目線も、余裕で受け止める事ができる程に。
「もぉ、親父が、マジ、クソうぜー……」
右川がそう嘆いた時、一瞬だけ、隣のママ目線に影が射した。
俺は、さっきまでサラリーマンが座っていた席にズレて、右川に目配せする。右川も素直に従って、飲み物と大荷物と一緒に真横に移動した。
これでママ軍団とは距離が取れる。
ひと息ついて、ずずず……と残った液体をすすって、おもむろに、「あんたのせいだからね」と右川が吐き捨てた。
「あんたがアキちゃんに世話になってるとか、そんな余計な事言うから」
「親、何話してた?」
「わかんないよ。すぐ出てきちゃったし」
右川はドリンクのおかわりに立ち、何やら濁った色のジュース(?)を持ってきた。
「沢村のかーちゃんてさ、なんかキツそう。なんて名前?」
「名前?……よしこだけど」
「あ、そ。じゃ、あんたは今日から、よしこ」
迂闊だった。
言われの無い弱みを握られた。
かーちゃんキツい……その言葉にピクリと反応するママ連に気を取られて、訊かれるまま何も考えず、まともに答えてしまったのだ。
ふと目線を感じて、壁越し反対隣のブースに目を向けると……桂木とその母親が居る。うっかり声を上げそうに……見ていると、母親だけが俺に気付いている様子で、一礼とも窺うとも取れない仕草でいた。
そのうち桂木も気が付いた。母親にどう言い繕うかと必死になる様子まで、ありありと見える。意を決して(?)、母親が近付いてきた。
右川は気付いていない。つい、俺だけが立ち上がる。
「まぁ、仲良しね」
「いえ、違います」
その返事はここでふさわしいのか。こういう場合、桂木に向かう言い訳を考えるべきなのか、その母親に対してなのか。
事情を察してからの右川の順応は早かった。
「明日の委員会の打ち合わせですぅ~。ミノリには明日でいいよね♪」
言い訳を繰り出してはいるが、どうみてもウソ臭い。
母親の目線は着地点を探して、そこらじゅうを漂う。
慌てれば慌てるほど墓穴を掘りそうだと、俺は、次に繰り出す言い訳を冷静に考えて、迷って、上を向いてまた考えて……って、そういうワケ分かんない事をやりだす辺りがもう冷静じゃない。
桂木は横から母親を引っ張った。
「あたしの事なんかもう誰も言わないよ。今のターゲットはこの2人で」
は?
右川も驚いて立ち上がる。自動的に俺の隣に並んだ。
「だって、ミノリと、あなた……」
母親は呆然と、俺達を2度見、3度見して困惑する。
「だから!その情報は古いの。周りの勘違いって事。もういいでしょ!」
桂木は、母親を強引に引いてレジに急いだ。
親には見えないように〝ごめん〟と手で合図を送っていたけど……多分、あの後この店に来て、ここで志望校の話で揉めたに違いなかった。
どうして急に志望校を変更したのか。滑り止めとはいえ。当然、俺の事も出ただろう。親を丸め込むため、とりあえずここは嘘をついて……読めてしまう。
右川は静かに席に就いた。
2杯目、異様な色の飲み物を、グイッと一気に空ける。
「ぷはーっ」
わざとらしく、ゴン!とテーブルを鳴らして、ひと息つくと、
「よしこ、デザート追加」

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