God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」

俺の射程距離圏内

7月に入ってすぐ、ぞくぞくと期末試験の範囲が発表された。
中間テストの内容も含まれる、どっかの試験問題もちゃっかり出てくる、そんなトラップまでも考慮に入れなければならないのが期末試験というミッションだ。レポート提出で良い、という科目が妙に温かく感じる。
昼休み。
数学の過去の課題プリントを並べて、桂木と囲む。
今は、ヤマの張り合いに余念が無い。
「〝次の2点の距離を求めよ。ただしaは実数とする〟」
「ごめん。俺1問目は捨てた」
「って、おい。これ、その答えを元に2問目に発展するパターンだよ」
「え、うそ」
「おーい、議長」
桂木は大げさに天を仰いだ。
数学は、期末で範囲がグッと広がる。問題量が壁となって立ちはだかった。
「のぞみちゃん、こういうパターン多くない?それを元にグラフ、とか」
確かに。
「桂木は全問正解。俺は、最初からヤラかして全部パーか」
「顔色悪いよ、議長」と、ミントの飴を貰う。
「議長言うな」
桂木は、知り合い、その知り合いのきょうだい、先輩、予備校の先生……諸々のネットワークを駆使して期末のヤマを張ると言った。
「のぞみちゃんテスト、先輩から去年の分も借りてコピーしてる」と聞いたら、これはもう感心を通り越して神の領域である。
今回、試験範囲が広過ぎて問題なのが、日本史だった。
桂木は、「新しい先生だから、傾向がよく分かんなくて」と首を振る。
「戦争前後が良く出るとか聞いたけど」と言うと、
「とすると、今年は西南戦争かな」と、桂木は腕組みした。
「その根拠は」
「あの先生、大河ドラマにハマるんだって。西郷隆盛あたりもギリ範囲って事で、出てくる可能性ありそうじゃない?」
なるほど。説得力がある。
そう言えば、中間は、井伊直虎の活躍した戦国乱世が舞台ではなかったか。
「まさか、次回作とか?」
嫌な予感がする。さらに倍、範囲が広がりすぎるじゃないか。
「大河を前倒し、東京オリンピックあたりの世相も可能性があるかも」
東京大空襲。関東大震災。ひとしきり、教科書のそこら辺をめくった。
こういう時、思うのだ。雑談とか、世間話とか、こういう話題ならこれだけ話が弾む。
「こういう時、思うんだけど。歴史って、普通に雑談なら楽しいのにね」
俺も頷いた。
そして、こうやって適度に砕けた桂木で居てくれたら、幾分気が楽だ。
数日が経ち、それでもなお未だ訊けない、あの一件。
志望校、結局どうしたか。今なら聞けるか。
目が合った。桂木は首を傾げる。
こっちが言葉を選んでいる間中、桂木は何度も瞬きを繰り返した。
そこへ、「ちーっす」と桂木の知り合いがやって来る。
「邪魔してごめんね~」と、一応の社交辞令をかまして、「みのりんって京都いつ頃だっけ?みんな決まったらどっか行こうって話してるんだけど。ていうか、時期だけでも分かったらなって」
気が早い。
桂木も目を丸くする。その時期を「10月頃かな」と曖昧に伝えて、行く場所は何処?とかメンバーは?といった話になり、「ちょっと詳しいこと聞いてくるね」と知り合いに付いて出て行った。
ひと息つく。
溜め息が続く。
これが習慣になりつつある。
そこへ右川がやって来た。というか、お昼を買ってクラスに戻って来た。
「パン屋、すげー混んでた」
声が小さい。そんなんじゃ、誰にも聞こえない。それでも「揚げパンがくどい」とか「ドーナツが小さい」とか、1人ぶつぶつ言っている。ヤベー奴にしか見えないが、いつの間にか、愚痴るだけの元気は出てきたようだ。
参考書を広げる周囲を見渡して、
「何か、みんな凄いねー……」
その呟きにすら誰も共感してくれないと感じてか、右川はおとなしくロールパンに食い付いた。
切ないを通り越して、やけに気に障る。
一体、いつまで塞ぎ込んでいるつもりなのか。
あれから、右川はちゃんと起きて授業を受けている。おそらく、もう右川亭には行っていない。家から通ってるはずだ。その証拠に、いつものデカいリュックはあの日以来ずっと消えている。遅くまで店を手伝う事もなく、父親の送り迎えのお陰なのか、前より時間に余裕のある生活。
以前の元気はまだ無いが、そのうち、会話もどうにか噛み合うだろう。
そこへ、「自転車も暑いし。コンビニ遠いし」と、愚痴りながら黒川が戻って来た。右川に目配せ、自分もサンドイッチを開く。
「黒川って、どこ受けるの」と、たまたま横にいた女子が訊かれて、
「いちおう、修道院。推薦もらって行くけどな」
黒川はサンドイッチを頬張りながら、面倒くさそうに吐き捨てた。
俺は釈然としない。
他人には推薦はやめろと説得とも脅迫ともとれる事を言っておいて、自分はあっさりさらっていく。のうのうと……黒川の、こういう所が癪にさわる。
また大学もこいつと一緒かと、ため息が隠せない。
放課後、俺は部活の前に、進路指導室に向かった。
別の大学を受ける……そんな事考えても見なかったので、今まで必要以上に探した事がない。
ここにきて改めて考える気になったのは、母親にチャレンジ精神を疑われて頭にきたからではなく、「行けそうなら、行ける所まで行ってみたら。受けるだけでも。金の事は気にしなくていい」と、父親に穏やかに諭されたからだ。
「そのための蓄えぐらいあるわよ。というか覚悟してる」
して、して、感謝して……という母親の眼差しが重くて重くて。
進路指導室の入り口は、いつも開きっぱなしだ。
今日も、3年がひっきりなしに出たり入ったり。
いつものように、まずはドア横に貼りだしてある各大学の募集要項・連絡事項に目をやろうとして……重森がいた。いつもの仲間は誰も居ない。
俺と目が合って、チッと舌打ち。
まるで逃げ出すみたいに、重森は足早に立ち去った。
重森って、どこ受けるんだろう……こっちは友好的に近付こうとして……それを察して、そして厄介だと敬遠して、重森は逃げ出した……ように見えた。
別に、言いたくないなら言わなくていいし。
そこまで熱烈に知りたくもねーよって。
すると、今度はそこに、珍しい人間がやって来た。
右川だ。
< 8 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop