春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
震える唇にその名を乗せた瞬間、ピクリともしなかった指先が微かに動いた。それを見たりとは大きく目を見開くと、再び諏訪くんの両肩を掴んで強く揺すり始める。


「晏吏っ…晏吏っ!!」


「う…ん……、」


小さく声を漏らした諏訪くんは、傷が痛むのか顔を顰めている。

固く閉じていた瞼を薄っすらと開くと、色素の薄い瞳にりとを映した。


「っ…晏吏!」


諏訪くんは虚ろな目でりとを見た後、私へと視線を移した。そして、へらりと笑う。


「……やあ、柚羽チャン。元気?」


「(っ……、)」


ねえ、諏訪くん。

笑ってそんなことを言っている場合じゃないよ。

それを訊きたいのは私の方だよ。


「何馬鹿なことを言ってるんだよ!馬鹿晏吏っ!」


「…痛いよ、璃叶。馬鹿馬鹿言わないでよぅ…」


「馬鹿としか言いようがないだろ!ほんっとにアンタはっ…!」


そう言うと、りとは諏訪くんから手を離し、俯いてしまった。
その両手には拳が作られていて、これでもかというくらいにギュッと握られている。
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