春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…なにやってんだよ」


りとの言う通りだよ、諏訪くん。

人のことはヒーローみたいにカッコよく助けちゃうくせに、どうして自分がピンチの時は、助けを求めてこないの?


「…足、速いじゃん。鬼ごっこ得意じゃん。囲まれたって、トンズラするんじゃなかったの?ねぇ、晏吏…」


りとは濡らしたハンカチで諏訪くんの顔の血を拭いながら、これでもかと言うくらいに文句を口にしている。

いつもの諏訪くんなら、ヘラリと笑って逃げているのに。

目覚める気配がない諏訪くんは、固く目を閉じたまま、りとに言われるがままだった。


「(諏訪くん…)」


ねぇ、何があったの?

どうしてこんな状況になっているの?

今朝言葉を交わした後、どこへ行ってしまったの?

聞きたいことがたくさんあるのに。

話したいことがたくさんあるのに。


今だって、声を掛けたくて堪らないのに、やっぱり私の声は出てくれない。

あなたの名前さえ、音に出来ないの。


「(す、わ、く、んっ…!)」


お願いだから、目を開けて。

いつものように笑ってよ。
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