春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「なんで?パーティーは?」


瞬く間にりとが不機嫌になった。ムッとした顔でウサギリンゴにフォークを突き刺している。

紫さんは申し訳なさそうに眉尻を下げると、洗い物を中断してりとの目の前へとやって来た。そして、りとに目線を合わせるように屈むと、優しい手つきで頭部を撫で始める。


「…ごちそうは今晩作ります。ケーキも焼きますよ」


それでも、りとの表情は晴れない。小さな子供のように口を尖らせながら、拗ねた顔をしている。

紫さんにだけ見せる無邪気な姿がなんだか可愛くて、思わずくすりと笑ってしまった。


「なに笑ってるのさ」


ああ、見られていたのか。
何でもないよ、と首を横に振り、リンゴを一口齧った。

りとは気のない返事をすると、八つ当たりをするようにシャクシャクとリンゴを食べ始めた。
やっぱり、かわいい。


「拗ねないでくださいね、璃叶」


「はぁ?小学生じゃあるまいし」


「ふふっ」


ふと、消えないで、と思った。

何故なのかは分からないけれど、その時の紫さんの横顔が、笑っているのに消えてしまいそうだったから。

当たり前となりつつあるこの光景が、この場所が、何も変わりませんように。

そう願った。
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