ヒロインの条件

どうしよう、何これ、怖い。怖いっ。

佐伯さんが自分のTシャツを脱いで投げる。何度か裸を見たことあるけど、どうしよう、見られない。

必死に隠していたのに、その腕を押さえつけて開かれる。

見られる、嘘……。

うわーっと涙がこみ上げてきた。やだ、こんなの。すごくいやだ。

「こうやってするんだ、相手のことは何も考えない、ただやる。あいつに何を吹き込まれたかしらないけど、二人でしてたのは、こういうことだ。聞いて満足?」

嗚咽を堪えて、肩が震える。我慢できなくて、声が漏れ始めると、佐伯さんの腕が緩んだ。

私は顔を覆って、流れる涙を隠す。男の人を怖いと思ったことなんてなかった。だいたい私が勝つし、何かあっても太刀打ちできる自信があった。

でもこんなの……怖くて。

突然ふわっと毛布がかけられ、「え?」と見上げるとベッドの端に上半身裸の佐伯さんが座って、悩むように両手で頭を抱えている。

私はゆっくりと起き上がり、毛布を肩まで引っ張りあげる。

「後悔してるんだ、ああいう自分を。非難されても仕方がないとわかってるけれど、過去はもうどうしようもない」

佐伯さんは耳たぶを何度か引っ張り、大きなため息をつく。

「佐伯さん、ごめんなさい」

私が涙ながらに謝っても、佐伯さんは何も言わない。両手で髪をかきあげて、何かを振り切るように立ち上がる。床に捨てられたTシャツを拾うと表裏を確認せずに乱暴に着て、ドアへ向かう。

「こんな繋がり方はもうしたくないんだ。悪かったな、おやすみ」

パタンと静かにドアは閉じて、私は白く蛍光灯が光る部屋に取り残された。酔いはすっかり冷めて、血の気も完全に引いていた。

「どうしよう」

近づいたと思ったら、すぐに遠ざかる。乱暴に扱われることが、こんなに怖いとは思わなかった。漫画で見るような笑顔も、喜びも、何にもなくて、ただ行為だけがそこにある。

「ごめんなさい」
私は毛布で顔を覆って、静かに泣いた。

明日、何事もなかったように笑ってほしいなと、自分勝手にもそう思った。
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