ヒロインの条件

突然、夢から覚めた。

これは何かの間違いだ。うっかり声をかけちゃったから、引っ込みがつかなくなったとか……そんなオチだよ! ありえない、私がヒロインだなんて。

私は少々がっかりした気持ちで、胸に抱いていた紙ナプキンをテーブルに置いた。

「こんなときは走る」
私はガバッと立ち上がり、元気よくそう声を出して言った。

走るのは、学生の頃からの日課だ。よほどひどい雨じゃないかぎりは、30分ほど走る。柔道をやめてもなおこの習慣を続けているのは、きっと走っている間の、あの頭が空っぽになる時間が好きだからだと思う。負け続けていたときも、進路で悩んでいたときも、耳の中にただ自分のドクドクという心臓と息づかいが響く中にいると、自分だけと向き合えるような気がした。

私は腕につけるタイマーをセットして、夜の住宅街へと軽快に走り出した。

今日は夜空が澄んで見える。白くて半分かけた月を見ていると、なんだかメランコリーな気持ちになってきた。

間違えて告白されるヒロインもありかなあ。でもハッピーエンドじゃなくなっちゃうけど。とりあえず身分差の恋だから燃えるシチュエーションではあるよね。

これまでも周りにはたくさんの男性がいたけれど、その誰もが私を女性としては見ていなかった。私自身も恋愛と縁遠いところにいたし、今まで告白されたことはなく、告白したこともない。ほのかに抱く好意はあったが、相手にされていないとわかると、すっと引いていくのを感じるのだ。

「強い」という言葉は、ずっと褒め言葉だったし嫌じゃない。でもこんなとき、もうちょっと可愛かったらなって思ったりもする。そうしたら、佐伯さんの告白もホンモノっていう可能性が出てくるのに。

おかしいな、誰もいない静かな道を走っても、今日に限ってはなかなか無の境地になれない。なんども佐伯さんの照れた顔が頭をよぎってしまって、その度に胸の真ん中が痛むと同時にときめく。
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