ヒロインの条件

ランチが終わったあとは、どことなく眠くてあくびをかみ殺す。伝票はそれほど多くなく、どちらかというと暇な日だ。9月の中間決算前ともなれば大変だと今から脅されているけれど、そういう時こそ燃えるタイプなので今から楽しみだったりする。

「失礼します、システム管理部からきました」
背後から声がしたので時計を見ると、ちょうど2時だ。振り向いて「おつかれさまで……」と言いかけた時、あまりの驚きで息が止まった。

ブルーのワイシャツ姿の佐伯さんが、ノートパソコンを片手に立っているのだ。

「おつかれさまです」
鈴坂さんの声が聞こえたが、いくらか上ずっているような気がするのはきっと気のせいじゃない。ジャケットを脱いだスーツ姿が、あまりにも素敵なのだ。

でもこれって、社長みずからくるものなの?

佐伯さんは私の隣にしゃがむと、デスクの脇にマグネットで貼り付けてあるルーターにケーブルを挿した。

「あの、さえきさ……」
私が呼びかけようとしたとき、佐伯さんは顔をあげて、人差し指を唇の前に当ててニカッといたずらっ子のように笑う。それから声に出さずに「ヒミツ」と言って、胸に下げている社員証を持って見せた。

そこには『塩見日向(しおみひなた)』と書いてある。

まさかの偽名!
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