ヒロインの条件
「悪い、姑息な手段を使った」
佐伯さんの影がそう言うやいなや、私はガバッと立ち上がり、バスルームにかけこんだ。最後の夕日が差し込む窓の近くで、なよなよとへたり込んむ。
心臓が爆発しそうだ。佐伯さんの唇が触れた場所を手で押さえて、大きく呼吸を繰り返した。
『手、出された?』
千葉の言葉が蘇って、顔が熱くなる。
私は洗面所のヘリに手をかけてなんとか立ち上がると、ライトをつけ三面鏡の角度を変えて、首の後ろを見た。すると、うなじのあたりの皮膚が赤くなっている。
「これってキスマーク? 初めて知った、ちょっと痛いんだ」
いつも髪を上げて一つに縛っているので、キスマークが丸見えだ。私は慌ててゴムを引っ張って取り、髪で首の後ろを隠した。
どうしよう、どうやってバスルームから出て行こう。うろうろとひとりでバスルームを歩いたが、結局いい考えが思いつかず、思い切ってリビングへと戻った。
ライトがすでについていて、ほっとする。
「ごめん」
はっとして振り向くと、キッチンに佐伯さんが立っていた。
「ごめん、もう手を出さない。強引すぎた」
両手を上げて、目を伏せる。
「私が……佐伯さんに甘え過ぎてるんです。すみません」
私はぺこんと頭を下げた。
「いや、俺がルール違反したんだ。返事をもらう前にあんなことするなんてまずい」
「私がちっとも思い出さないから……本当にごめんなさい」
「俺こそ……」
そう言ながらお互いに顔を見合わせ、それからぷっと吹き出した。
「二人とも謝ってばっかり」
私が笑いながら言うと、佐伯さんもほっとした表情を見せる。それから「夕飯、どっか食いに行く?」と笑った。