ヒロインの条件

(3)


翌日出社するとき、初めて髪を束ねなかった。顔の周りに髪がふわふわとくっつくのが鬱陶しいけれど、キスマークを見られるのだけは恥ずかしい。

「イメチェンだねえ」
鈴坂さんが一言目にそう言った。「そっちの方が女の子らしいよ」

「そうです?」
予想外の言葉に私は嬉しくなって、椅子の上でぴょんと跳ね上がった。

「一つに縛ってると、目がつり上がって見えるけど、今は可愛らしい」

可愛らしいなんて、人生で初めて言われた! 

「おはよう、野中さん」
後ろから声が聞こえて振り向くと、山本さんが立っていた。「あれ、髪を下ろしてる! 素敵じゃない?」

「ありがとうございます」
私は勢い良く頭を下げ、それから「先週はおつかれさまでした。誘っていただいてうれしかったです」と礼を述べた。

「私も本当に楽しかったよ〜。一つ残念なことはあったけど」
そう言ってから山本さんの顔が陰る。「それは、塩見さんは絶賛誰かに片思い中ってこと」

それを聞いた瞬間、鈴坂さんをはじめそこにいた経理部の女子社員が「えーっ」と声をあげた。

「でも、まだ実質フリーらしいから、チャンスはあるかもしれないよ」
山本さんが言うと、周りが「でもなあ、好きな人がいるってなったら、望み薄だし」と騒ぎ出した。

「そもそも望み薄じゃん。ちょっとランクが違う男って感じだよね」
「っていうか、誰だよ、塩見さんを袖にしてる人」
「不倫じゃない?」
「えー、禁断〜。でも想像するとドキドキするね」

みんな好き放題に言っている。
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