突然ですが、オオカミ御曹司と政略結婚いたします
「お前、俺のこと好きだろ?」

 小首を傾げた彼の髪が、ふわりと舞う。覗く瞳は妖艶に揺れていた。

「……それはあなたでしょ」

 必死に虚勢を張って返すが、彼は小さく笑みを零すと、私の後頭部に手を回す。そのまま引き寄せられ、ゆっくりと唇が重ねられた。

 柔らかな感触から、体温が流れ込んでくる。身の縮む思いがして、彼の胸もとの毛布を強く握り締めた。わずかに離れた唇は、息つく暇もなく再び奪われる。何度も離れては、角度を変えて重なり合った。

 息ができない。呼吸が苦しくなってきて、頭がぼーっとしてきた。ようやく離れた彼が、息を整える私を見ていたずらな笑みを浮かべる。

「この程度でお手上げか?」

 彼が、からかうように言った。胸の底から羞恥が湧き上がってきた私は、その鼻をぎゅっと摘まんでやる。そうでもして気を紛らわせていないと、今すぐ転げまわりたくなるほどに恥ずかしかった。彼はそれがわかっているようで、身を起こすと、私の頭を自身の胸もとに強く抱き寄せる。

「……離して」

 彼の鼓動まで聞こえてきそうで、押し返しながら懇願した。しかし彼は、

「嫌だ」

 そう言ったまましばらく離してはくれなかった。

 この日、心の中になにかが灯ったような、初めての感情が動くのを感じた。その瞬間、この部屋の景色すら違って見えるから、私はひどく戸惑った。
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