還魂―本当に伝えたかったこと―
act:運命の夜
***

「さすがに恋人宅に2日連続で泊まるワケにはいかないから、我慢してね」

 自然公園からの帰宅後、自宅前で名残惜しそうにしている洸に渋々告げた。

「仕事を何とかやっつけて、ふたりで過ごせる時間を作るように頑張るから」

「分かった、無理すんなよ」

 くしゃっと顔を崩すなり、抱きしめながらキスをしてきた。傍に死神さえいなきゃ、もう少し堪能できるのにな。

 横目で死神を見つめてる間に洸はヘルメットを被り、クラクションを鳴らして勢いよく発進して去っていった。私はそんなバイクに手を振る。

 その後自宅に戻り、リビングで家族と一緒に晩ごはんを食べてから、お風呂に入ろうと自分の部屋に着替えを取りに行った。

 ドアを開けた瞬間、突然目に飛び込んできたのは、月明かりに照らされて光り輝く銀色の髪の毛だった。

(わっ、天使みたい)

「キサマは悪魔だの天使だのと、俺を愚弄する気か?」

 ひーっ、また怒らせる展開から始まっちゃった。

「だって綺麗だったからつい、ねぇ……」

「綺麗という言葉は、男に使うものではない」

「…………」

「こんなくだらない説教するために、わざわざここに来たのではないぞ?」

「……はぁ」

 吐き出される言葉は、いつものごとくキツイものばかり。自分が悪いって分かっているけど、もう少し対等な感じになれないのかな。

「いつまでこんな、ごちゃごちゃした部屋に閉じ込めておく気なんだ。早くお前の要件を言え」

 喋らなきゃ綺麗な観賞用のお人形みたいなのに。本当にもったいない。

「キサマ、この場で滅するぞ!」

「あのっ、死神さんは名前はないんですか?」

 とりあえず、素朴な疑問から訊ねてみることにした。

「名など必要ない」

「……名前あった方が、話がしやすいんだけどな」

 死神死神って呼ぶのも、何かねぇ。他の死神が、あちこちから集まりそうな気がする。

「他の死神の心配をする必要はない」

 私の心の中は、やはり駄々漏れしているのね。

「名前……つけていい?」

「名など必要ないと言ってるそばから〈ラビットちゃん〉なんて変なのを考えるな、ど阿呆!」

 怒られちゃった。だって赤っぽい瞳に銀髪が、光の加減で白っぽく見えたから。

「だからと言って〈太郎〉はどうよ? とはどういう意味なんだ。馬鹿にしてるのか!」

「それじゃあ、シルバーに決まりね!」

「…………」

 半ば強引に決めてみた、見たまんまの感想からつけてみた名前。諦めたのか拒否されなかったので、そのまま採用することにした。

「シルバーはどうして、洸のバイクに憑いてるの?」

「……ヤツの寿命が、そろそろだからだ」

「でもシルバーの仕事は、事故を起こすだけじゃなかったっけ。魂は狩らないよね?」

「俺の仕事は事故を起こして、その周囲に波紋を起こすということだ。とり憑いた乗り物に乗っている人間が、確実に死ぬわけではない。たとえば、キサマの前の男のようにな」

 私の顔を、じっと見つめながら教えてくれた。

 やっぱりこっちの考えを読みながら、的確な返事をしてくれるんだ。それはすごく助かるけど、ちょっぴり複雑だな。

「玲さんのときって……。キラキラ光る灰みたいなものは見えなかったから、死神の仕業じゃなかったんじゃないの?」

「お前は死の灰まで見えるのか、厄介な……。突っ込んできた乗り物にとり憑いていたとしたら、車内に灰は降る。外に降るのは、とり憑いた乗り物に乗ってる人間が死んだときのみだ」

(それって周りの人間に事故の波紋を広げて、その後の人生を狂わせるために、死神は存在するっていうことなの? 玲さんはただ、巻き込まれただけなんだ)

「その果てに実際キサマは、自殺行為をしようとしている。自分の命を投げ出して、あの男を助けようとしている」

 言い当てられた事実にシルバーを睨みながら、両手にぎゅっと拳を作った。

「男のためと言いつつ、キサマがふたたびつらい思いをしたくないからという理由で、逃げ出そうとしていることが分からないのか?」

「そうだよ! あんなつらい思いをするのは、もうたくさんっ。二度と味わいたくない」

「この世でやってはならないのは、自らの命を捨てることだ。たとえそれが、どんなにつらいことでも――」

 鋭く睨み返し、正論を私に向かって突きつける。その言葉は、何だか死神らしくないものだと思った。

「じゃあ聞くけど、どうして私は選ばれし人間なんだろう?」

「…………」

「玲さんの事故のとき、周りの物が落ちるっていう予兆を感じたのに、私は止められなかった。すっごく悔しかった。だけど今はこうして、シルバーと話をすることができる。これって、洸の死を止める可能性があるってことだよね?」

「…………」

「都合が悪いと答えないんだね。卑怯だよシルバー」

 さっきまで私を強く睨んでたのに、悔しそうな顔で足元に視線を向けていた。その姿は、どことなくつらそうにも見える。

「キサマは……残された者の気持ちを、よく分かっているだろう?」

「そうだね」

 私もシルバーと同じく、視線を伏せて床を眺めた。

 玲さんが逝ったあとの、もがくようなあの苦しみ。洸が死んじゃったら、それ以上の苦しみを味わうことになるのが、容易に想像できるよ。

「知りたくないお前ら人間の気持ちが、煩いくらいに耳に聞こえてくる。波紋を広げた直後なら尚更だ。キサマはあの男に、同じような思いをさせたいのか?」

 悲鳴のような吐き捨てられた言葉に、くっと息を飲み込んだ。

「シルバー、その言葉で確信したよ。やっぱり命のやり取りで、何とかできるんだね?」

「…………」

「どうなの? 答えてよ」

 私が問い詰めると、悲しそうな顔をしてふいっと顔を背けた。月明かりに照らされた銀髪が首を動かしたせいで、黒い衣装にはらはらと舞い落ち、悲壮な表情をさらに彩った。

「事故は……どうしても起こさなければならない」

 そう言い残すなり煙が消えるような感じで、シルバーは忽然と姿を消した。私はその場に佇みながら考えてみる。

 事故が起こっても、死なない場合がある。だけど確実に事故らなきゃならない。洸の寿命は短いけど、私の命と引き替えにすれば助かるらしい。

 そして、シルバーはその方法を知っている気がする。それは死神だから。

 何とかしてシルバーからその方法を聞き出したいところだけど、あの石頭は間違いなく口を割らないだろうな。

「ここは正直に……バイクに死神がとり憑いてることを洸に伝えて、乗せないようにするのが一番かな」

 確実かつ手っ取り早い方法で、やってみようと思った。
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