隠れクール上司 2 ~その素顔は君に見せはしない~
沙衣吏さんの彼氏だと思います
さすがに眠い。
昨日家に帰ったのが24時を過ぎていたのにも関わらず、今日は8時出社なので早めの7時半に来た。いつもは15分くらいに来るのだが、なかなか身体が動かなかったのだ。まだ家が店から近くて助かったが……。
鹿谷は店長室のパソコンの前に腰かけ、朝の準備をしながら、昨日カウンターの現金誤差の件で関 美生が24時まで粘ったのにも関わらず結局原因が分からず帰ったことを、首を回しながら振り返っていた。
702円多いのなら分かりそうな気がする。それでも追究できなかった事に対して、しょげていたが、仕方ない。そういう時もある。
「おはようございます……」
「え?」
振り返って関の登場に驚く。まだ7時40分だ。
「え、まだやる気か?」
昨日の続きをまだするつもりかと、その姿を見たが、関はすぐにパイプ椅子に腰かけ、テーブルの上に伏せった。
「さすがに来るの早いだろ。もういいよ、昨日のは。まだ1時間半は寝れるからスタッフルームで寝れば?」
「…………」
何も言わない。
まあそこで寝てもいいので、放っておくことにする。
それに、全く嫌な気持ちはしないし、むしろそこで寝ていてくれるというのが落ち着く。
「昨日……」
言いだしたので振り返った。
「………」
だが続かない。
「昨日、何?」
聞いたが答えない。
話していたいが作業を進めないと後に響く。
鹿谷は伏せる関を一旦無視し、集中して朝の作業に取り掛かろうとする。
「おは…え? 美生?」
その声とその呼び名に驚いて振り返った。
そこには湊部長がいる。すぐに立ち上がり、「おはようございます!」と頭を下げた。
が、美生……って……。
「なんなの、この状況は」
湊部長のどんな感情も読み取れなかったが、すぐに視線が飛んできたので慌てて
「いや…僕も分からなくて…」
「…眠いだけ」
くぐもった声が聞こえる。
「え? あ、サイレンの音? なんかあったの? 朝から警察があの辺りにたくさんいたけど」
「え、ほんと!?」
関は、湊部長を見上げた。
「知らないの? どゆこと?」
湊部長は関の隣に腰かけながら無表情で俺に聞く。
「え!? いや、僕は…」
「私さ……早くからここに来たの」
「何で?」
どういうつもりか、どすん、と鞄を机の上に置かれる。
いや、俺は関係ねーし…。
というか、この2人はそういう関係なのか…。
ということは、昨日の話は案外マジで……。
「…サイレンの音が聞こえたから目が覚めて。結構早かったの。4時くらいだったと思う。だから早く来たの。早出だし」
「ふーん……。何があったんだろね。まあ大した事件じゃないといいんだけど…」
「………」
関はそのまま顔を伏せてしまう。
意外にも湊部長と目が合った。
「何があったか、知らない?」
「いや、僕は…家が反対方向なんで」
「そう…。電話くれたら一緒に乗せて来たのに」
俺…いるんすけど。
さすがに時間的に外に出て気を遣う暇はないので、そのまま再びパソコンの前に座る。
「今日来るとか知らないし」
…昨日俺が仕事しろって言ったせいか、最初からあんまり仲は良くないのか…。
「おはようござ……」
関店長だ。やっぱり固まっている。
「おはようございます」
俺は座ったままだが、あえて目を見て言った。だが、そういう風に驚いているわけではない。
「…あぁ…また…どうかしたんですか?」
また、という言葉が引っかかる。
「いや。そういうわけじゃなさそうだけど。一君、知らない? 美生んちの近くでパトカーきてたの」
「え? なんかあったんですか?!」
「知らないか……。いや、それとこれとは関係なさそうだけど」
「寝不足なだけ」
関は顔を上げたが、本当に寝不足なようだ。少し顔色が悪い。
「朝4時からサイレン鳴ってて、昨日12時までここにいたから」
「え、何があったの?」
関店長が聞く。
「あいや、702円の過大誤差があったので…」
みんな関を見つめていたが、あえて俺が喋った。
「だって、昨日は私しかいなかったから私がちゃんと追究しようと思ったの!」
「まあいいけど。1時間で充分じゃない?」
湊部長が言う。
「それには…色々事情があって」
清算点検が出来てなかったことを言いたくはないが、言われっぱなしが嫌なんだろう。
「まあ、清算点検が出来てなかったとかなら仕方ないけど」
関店長が図星をついた。
「……」
「基本の周知ね」
「はい」
関は大人しく萎れた。
「すみませんは?」
湊部長は更に押し込んでくる。
「すみませんでした」
それにも子供のように素直に従い、誰ともなしに頭を下げている。
「………」
関は立ち上がると、フン!という声が聞えそうなくらい、パイプ椅子を強引に机にねじ込むとそのまま去って行く。
「み、湊部長、関と……」
仲が良いんですね、くらいは言った方が自然だろうと思ったが、相手は不自然なほどの笑顔で
「遠い親戚だよ。血のつながってない」
どういう!?
関店長を見たが、平たい目で湊部長を見ている。
「黙ってたけど、なんかネットでは殺人事件だって書いてたよ」
湊部長は今更言い始める。
「物騒ですね」
関店長はさらりと返した。
「引っ越すって言いだすかなあ……」
そして立ち上がり、鞄を手に持つと、何事もなかったかのように部屋から出ていく。