異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「私、おかしなことを言ってしまったでしょうか」

 戸惑いながら地味にヒリヒリと痛む額をさすっていると、スッと目の前にシェイド様が立つ。その表情は爽やかなのだが笑いを堪えているようで、ますますわけがわからない。小首を傾げながら細められた琥珀の目を見上げると、シェイド様は私の手を掬うようにとって甲に唇を押しつけてくる。

「な、なにをしているんですか」

「その心の気高さに敬意を払っている。それで……もし迷惑でなければ、あなたの剣となり盾となるのは俺でも構わないだろうか」

 長年、強い薬液での処置道具の洗浄や頻回な手洗いで荒れた私の手。その甲に口づけられた事実に、羞恥心が込み上げてきて頬が熱を持つ。

 潤いをどこかに置いてきてしまったカサカサの手を触られることだって耐え難いというのに、どんな拷問だと心の中で叫ぶ。

「構わないことは、ないけれど……」

 泥水に薄汚れてしまったナース服は、白ではなくもはや灰色。手も頬も泥にまみれ、髪はぼさぼさで女性らしさなど微塵もない。決して高貴な人の前に出れるような身なりではないのに、女性扱いをしてくれることが嬉しかった。

「よかった、それでは共に行こう」

 ふっと微笑まれ、それに目を奪われているうちに手を引かれて村へと足を踏み入れる。ここは辺境の地なのか木々は枯れ果て大地は乾燥し、亀裂が入っている。レンガを重ねて出来た骨組みのない家はあちこちが半壊していた。

「驚いたか」

 生活できるような状況でない村を呆然と見回していた私に、シェイド様が声をかけてくる。

 私は言葉少なに「はい」と答えて、井戸で水を汲みながら警戒するような視線をこちらに向けてくる子供たちを見ていた。

「これもエヴィテオールの王位争いが招いたものだ。早々に兄上と決着をつけられなかった俺に責任がある」

 繋いだ手に力が込められる。そこから彼の悔しさを感じ取った私は、なんの事情も知らないけれど慰めるようにその手を握り返す。

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