異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「……ダガロフさん、困ります。運動だって安全が第一、傷がまた開いたらどうするんですか? 私、言いましたよね。興奮状態は涙の分泌を妨げ――」

 そう言いかけたとき、首と腰に腕が回り後ろから抱き寄せられた。何事かと目を瞬かせていると、真後ろからシェイドの声が聞こえてくる。

「若菜、話が進まないから説教はあとにしてくれ」

「シェイド、止めるなら心臓に優しい方法にしてくれない?」

 いきなり抱きしめられたら誰だって驚く。それに私はシェイドのことを特別に思っているから衝撃は二倍だ。

 あきらめようとしているそばから触れられると、意識してしまうから困る。

「それで、ダガロフの話を聞かせてもらおうか」

 聞いてない……。

 私の話をさりげなく無視して、話を進めるシェイド。その腕は私の身体に回ったままだ。身じろいでもビクともせず、力尽きておとなしく抵抗をやめた。

「生きて正しき道を歩み、責任をとれとあなた方は言いました」

 ダガロフさんの言葉で思い出すのは、彼が私の部屋で目覚めたばかりのときのこと。なぜ殺してくれなかったのかとシェイドを責め、死んで責任をとるとダガロフさんは言っていた。

「俺はその意味がずっとわからなかったんですが、価値を見いだせずにいた俺の命を若菜さんが守ろうとしてくれているのを見て、勝手に捨てることの罪深さを実感しました」

 怪我をした左目をおさえて、ダガロフさんは片目だけで私たちを見る。彼の金の瞳は希望を映しているかのように、いっそう煌いていた。

「シェイド王子、あなたの言う通りでした。俺は若菜さんやアスナやローズ、そして王子に生かされた者。ゆえにこの命は、もうひとりだけのものではない」

 名を呼ばれたアスナさんとローズさんは嬉しそうに口角を上げる。私も、きっとシェイドも同じ気持ちだ。

「答えは出たか?」

 振り返って見上げたシェイドの瞳には期待が込められている。私も視線をダガロフさんに戻して、答えを待ちわびる。

「俺の命はあなた方が正しき道を歩むための礎となるように使いたい。義を重んじる騎士として、これが俺の果たすべき責任と考えます」

 誠実な眼差し、迷いのない真っすぐな声。本来のダガロフさんは、こんなにも意志の強い目をするのか。最初のうつろなものとは大違いだ。

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