むかつく後輩に脅されています。
むかつく後輩に脅されています。
「デキる女には秘密があるって言うけど、マジなんすね」

 相楽(さがら)義明(よしあき)がにやにや笑いながらこちらを見る。サラサラした黒髪、女子社員にきゃあきゃあ言われる端正な顔立ち。要領がよく、残業をしているところは見たことがない。なんでこいつが、こんな遅くまでいるのよ。

 私は原稿をぎゅっと抱きしめた。

「だ、誰にも言わないで」
「え? 何をっすか」

 とぼけてんじゃないわよ、このチャラ男。

「私がBL漫画を描いてるってことよ!」

 完全に油断した。残業中、誰もいないのをいいことに、BL漫画の原稿を机の上に置きっぱなしにしてしまったのだ。コーヒーを淹れに行っている隙に、相楽が原稿を見てしまった──。

「べつにいいじゃないですか。ホモが好きでも」
「す、好きとかそういうんじゃない。これは、仕事よ」

 私はもともと、人気少年漫画のBL同人誌を作っていた。そのとき知り合った編集者が縁で、時折雑誌にオリジナル漫画を載せるようになったのだ。

「じゃあなんで隠すんですか。みんなに見せたらいいのに」
「見せられるわけないでしょ!」

 BL漫画を描くのはだいすきだ。でも他人に話すことはできない。この会社では、完全なる「一般人」として振舞っているのだから。

「隠すってことは、大して好きじゃないんじゃ?」

 知ったようなことを──あんたに何がわかるのよ。私はぎゅっと唇を噛んだ。

「とにかく、黙ってて。いいわね」

 素早く荷物を片付け、急いで出入り口へ向かう。エレベーターの階数ボタンを押しまくっていたら、相楽がやってきた。

「せんぱーい、原稿一枚落としてますよ」
「はっ!?」
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