幻獣サーカスの調教師
「ラッド!ラッド!」

ルルはラッドのいる檻の中へ入ると、ラッドに抱きついた。

「……どうしよう。ラッドと私、離れ離れになっちゃう」

そんなのは絶対に嫌だと、ルルはラッドの頬に強く顔を押し付けた。

「……ルルさん」

「ノエンさん!」

後ろから聞こえた声に、弾かれたように顔をあげ、檻を出て声の主へと飛び付いた。

「私、どうすればいいの?どうすれば、ラッドを連れてかれないですむの?!」

「……ルルさん」

どうしようもないと言う思いから泣きじゃくるルルの頭を撫でながら、ノエンは静かな声で続ける。

「『幻獣』は、団長さんの商品です。芸を売るだけでなく、その身を売ることも商品としての役目なんですよ」

「!」

ノエンの言葉に、ルルは顔を上げた。

彼は「私達」ではなく、「幻獣」を商品と言った。それは、一体どういうつもりだろう?

まるで、ノエンとルルは……「人間」は商品に含まれていないみたいだ。

「ラッドを手離しても、また新しいマンティコアを買ってくるでしょう。もし貴女が望むなら、私が団長さんにお願いします」

「……何を言ってるの?」

「ルルさん。貴女はここで死ぬわけにはいかないでしょう?私も貴女が死ぬところは見たくありません……ですから、ラッドを諦めてください」

ラッドの前で、ノエンはラッドを捨てろと言った。優しいノエンが。

その事実が、悲しくて痛い。

「……その代わり、私はずっとルルさんの側にいます。ラッドの代わりにずっと」

「……」

ノエンの甘い、優しい言葉を、嬉しいと思うことは出来なかった。

こんな状況でなければ、きっと有頂天になって喜んでいただろう。

「……」

けれども、ルルは何となく、ノエンの言葉は本心てはないと思った。

だが、自分が無力であることを嫌と言うほど知っているルルは、ただ空虚な心でノエンの腕の中にいたのだった。

< 30 / 53 >

この作品をシェア

pagetop