硝子の花片
山南さんは近江草津で見つかった。


「…ああ、総司か。やれやれ、見つかったね。」

山南さんはいつもと変わらぬ笑顔で振り返る。


「…山南さん。逃げて下さい。」

私の口からはそんな言葉が零れていた。


「ははっ。面白いことを言うねえ、追っ手として来たのに。」

山南さんは笑う。
その笑い顔がもう見られなくなるのは、嫌だった。



どうだっていい。生きてくれれば、それで…。



「…ごめんよ、そしてありがとう。でも私はもう逃げないよ。武士として華として散ることにするよ。
…介錯、頼むよ、総司。」


身体のどこかにパキパキっとヒビが入る音が聞こえた気がした。鋭い痛みが走る。




山南さんが、死んでしまう。


この手で、殺す。




介錯とは、武士が切腹する際、あまり苦しまずに逝けるように首を斬る役目だ。

私は何人もの隊士を介錯人として粛清してきたはずだ。
仲間を斬るのに、慣れてしまったはずだ。

なのに、何でだろう。


(嫌だ…。)



「私の最期の我儘を、聞いてくれるかい?総司…。」

山南さんが優しく微笑む。

「…はい」

山南さんは昔やってくれたように、暖かい大きな手で私の頭を撫でる。

その暖かさが、私の心を乱した。

「ごめんね」

暖かい優しい声が震えている。

私の手も震えていた。


こんな時に流すのは、涙、だっただろうか。

そんなのも、もう、私にはなかった。


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