クールな御曹司の甘すぎる独占愛
お得意様に恋は厳禁


空にひらめく稲妻のごとく一瞬。春川奈々(はるかわ なな)のここ一年は、まさにそのように過ぎ去った。
自分の周りの時間だけが十倍速くらいで進んでいるような感覚。自宅のカレンダーは二月のページで止まったまま十二ヶ月と少しが経ち、三月を迎えた昨夜、ようやく今年のものに取り換えた。


「それでは、本日も一日よろしくお願いいたします」


フレアスカートの黒いスーツを着た奈々が頭を下げると、後ろでひとつにまとめた黒髪が肩先から前へ垂れる。

愛らしくぱっちりとした二重瞼に笑みをのせると、前に並んだスタッフたちも一斉に「よろしくお願いします」とお辞儀を返した。

創業は大正八年、今年でちょうど百年を迎える老舗和菓子店『光風堂』(こうふうどう)。奈々はそこのひとり娘として生を受けた。

奈々の曾祖父が行商でおはぎを売り歩いたのが始まりで、空襲で一度は店舗が焼けたが二年後に再建。現在は外資系高級ホテル『エステラ』のテナントとして移転し、カフェも併設している。

奈々にとって、和菓子は子供の頃から身近な存在だった。人形遊びをするかわりに、父の隣であんこ玉を丸めた。

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