透明な檻の魚たち
図書室の王子様
 県立の進学校であるこの高校の制服は、とても地味だ。紺色のダブルボタンのブレザーに、ボックスプリーツのスカート。男子は詰襟の学生服。
 靴下や鞄、コートやセーターは自由ということになっているけれど、あまり派手だと咎められる。

「うちの学校は進学校だけど、自主性を重んじているから。こんなに自由な学校、他にないでしょう?」と教務主任は自慢げに語ってくれたけれど、それはある程度決まったかたちの中での「自由」だ。


 水族館で、群れをなして泳ぐ回遊魚の姿を見たことがあるだろうか。たくさんのイワシたちが、まるでイリュージョンのように一斉に動く。高校生は、大きな水槽の中で泳ぐたくさんの魚たちによく似ている。

 犬のように鎖でつながれているわけではないし、ライオンのように狭い檻に閉じ込められているわけでもない。水槽は、魚の大きさと比較したら巨大だし、魚たちは窮屈することもなく悠々と泳いでいるように見える。

 でも魚たちはとっくに気付いてる。あの透明な壁のむこうには行けないこと。

 少しの不自由を、「生徒の自主性からの自由」と置き換えたコトバ。中にいると境界線が分からなくなる透明な水槽。このふたつは、とてもよく似ている。

 はちきれそうになる熱情や、説明のできない感情や、将来への不安。まだ折られたことのない自尊心。そんなものを制服に包まれた身体に隠して、彼らは毎日、与えられた水槽の中を泳いでいる。
< 1 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop