透明な檻の魚たち
「えっ、いいんですか?」

 驚いた声を出す一条くんを見てはじめて、自分が何を言ってしまったのか気付いた。

「え、ええ……。もちろんよ」

 無意識だった。生徒と個人的な関わりを持たないこと、なぜなら贔屓だととられてしまうから――は、赴任したとき教務主任に口をすっぱくして言われたことだった。

 だからなんでこんなことを言ってしまったのか、自分でも分からなかった。
 けど、こんなに本を読みたがっている生徒に本を貸すことが、悪いこととも贔屓だとも思わない。それは確か。

 だったらいいじゃない、と思った。見つかって注意されても、べつにかまわない、と。
 だって私はなんのために学校の図書室にいるの? 私が司書になった理由って、なんだっけ?

 就職してから、「学校」の型にはまるように生きてきた。学生時代は染めていた髪を黒く戻して、地味な色のスーツ、ストッキングで「司書の先生」を精一杯演じて。

 でも、バレッタで留めた髪は窮屈で、ベージュの口紅だって全然似合ってない。
 本当はまだ慣れない、生徒に対するときの言葉遣い。そんなちいさなほころびを見ないふりするたび、家でのため息が増えていった。

 はじめて、「自分」が出せたかもしれない。
 型にはめた「司書の先生」としてではなくて、はじめて今、自分の言葉でしゃべってるって、そう思った。
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